王都の変化2
「ありがとです、セイル様。予想よりずっと高かったです」
「こっちの世界、魔法の教育体制がない。だから高額になる」
「世知辛いです……」
買った本を大事そうに抱えるイリーナからクロスへとセイルは視線を移す。
「クロス。お前がイリーナに魔法を教える事は可能か?」
「私?」
「ああ。お前は魔法学園の生徒だっただろう?」
「んー……」
クロスはセイルの言葉にしばらく唸ると「たぶん無理」と答える。
「私、普通の魔法得意じゃない」
「そう……なのか?」
「うん。基本魔法が精一杯」
「しかし、召喚魔法が出来るだろう?」
「あれは系統が違う」
クロスは言いながら、自分の召喚書を示してみせる。
「私は、普通の魔法に適性がない。でも召喚魔法には高い適性があった」
「……そうだったな」
そういえばそうだった、とセイルはカオスディスティニーの設定を思い出す。
リオネル魔法学園の問題児、召喚士クロス。
彼女は普通の魔法に適性がなく召喚魔法に天才的な才能を見せた少女であり、それ故に召喚魔法を使用して学園で自分を馬鹿にする相手をボコボコにしていたという……まあ、文字通りの問題児である。
「使おうと思えば使える。でも、教えられる程じゃない」
「……もしかして、支部長の解呪の時にも無理をさせていたか?」
「大丈夫。ああいうのは召喚魔法の応用で、どうにかなる」
言いながら、クロスはイリーナの抱えている魔法書に目を向ける。
「この世界の魔法書、意味はあると思う。どの世界でも根源は変わらない」
「どういう意味、です?」
「他の属性の魔力の使い方、覚えれば。きっと私達の世界の魔法も、使える」
そんなクロスの言葉にイリーナとセイルはハッとした顔をする。
確かにその通りだ。
この世界の魔法を学んだからといって、この世界の魔法を使う理由にはならない。
その魔法の知識を下地に、元の世界の……カオスディスティニーの魔法を使ったっていいのだ。
「出来そうか? イリーナ」
「やってみるです」
「ああ」
目標を定めて気合が入った様子のイリーナに頷き、セイルはクロスに「ありがとう」と声をかける。
「やはりお前がいて良かった」
「ん、当然」
頷くクロスにセイルは微笑んで。そんなセイルの裾をイリーナが引っ張る。
「そういえば、払って貰ったお金。少し足りないけど返すです」
「ん? それはお前が1人で稼いだものだし、さっき買ったものは俺達の為のものだ。受け取る理由はないぞ」
「でも」
「でも、は無しだ。お前が強くなる事は、俺達の為にもなる」
セイルがイリーナの言葉を遮り言うと、イリーナは無言で本をぎゅっと強く抱きしめる。
「……分かった、です」
「ああ」
セイルの手がイリーナの頭を撫でると、イリーナはくすぐったそうな顔になる。
「私、子供じゃないです」
「あ、すまん。なんだか癖みたいでな……」
事実、セイルは本当に無意識だったのだ。
セイルという身体に刻まれた本能のようなものなのかもしれないと思いながら、セイルはイリーナから手を離そうとして。
「あっ」
「ん?」
残念そうな顔のイリーナに気付き、セイルは思わずクスリと笑いながら再度撫でる。
今度は意識的に、だ。
「子供じゃないんじゃなかったのか?」
「意地悪です。嫌いです」
「それは困ったな」
笑うセイルの反対側の腕がぐいと引っ張られて、クロスの頭の上に導かれる。
「な、なんだクロス」
「私、褒められたのに」
「えーと……そ、そうだな?」
セイルがそのままクロスの頭を撫でると、クロスは満足そうな顔になる。
「ん」
「お前がいいなら、うん。まあ、いいんだが……」
歩きにくいな、とは言えずにセイルはそのまま2人の頭を撫でて。
「どういう関係なんだ、あれ……」
「ハーレム野郎かよ。ケッ」
そんな声がそこかしこから聞こえてきて、セイルは「違う」と叫びたいのをぐっと堪える。
今の自分に説得力がないのは、セイル自身がよく分かっているからだ。
2人の頭から手を離すと、軽く咳払いをする。
「あー……なんだ。ガレスやオーガン達も……男連中もそろそろ帰ってるだろうしな。俺達も戻ろう」
男連中、の辺りを少し大きめの声で言うと、セイルは早足で歩きだす。
「セイル様、速いです」
「速い」
2人の少女に腕を掴まれ、仕方なしにセイルは速度を落として。
「……俺は断じてハーレム野郎じゃない」
「え?」
「え?」
両側の少女に同時にそんな声をあげられ、セイルは2人を交互に見る。
「いや、待て。お前達にまでそう思われてたのか?」
「えーと……」
「セイル、あっちでは美女と美少女に囲まれてた」
確かにカオスディスティニーにはゲームという性質上、美女も美少女も多かった。
しかし、負けないくらいに男キャラだって多かったのだ。
だから、決して設定上ハーレムではなかったはずだ……とセイルは自分を納得させる。
「そんな事はないだろう。男だってたくさん居た」
セイルのそんな反論にクロスは自分を指で指した後、セイルへとその指を向ける。
「……女性陣、皆好意の矢印はセイルに一直線」
「うぐっ」
それは仕方ない。
カオスディスティニーの主人公はセイルで、ゲームの性質上「明確なメインヒロイン」は定義されていなかったのだ。
しかし、ゲームの「セイル」はともかくセイルは違う。違うのだ。
「やっぱりハーレム野郎……」
そんな声を背に、セイルは2人の腕を引いて城への道を急いだ。
この話題では勝てない。そう感じ取った以上、撤退以外の道は無かったのだ。
……そしてセイルには不本意だろうが、一連の小さな騒ぎは不安に揺れる王都にもたらされた小さな平穏でもあった。
その証拠か、セイル達の去った後ではクロスとイリーナのどちらが本命か。
あるいはまだ見ぬ誰かが本命なのか。そんな話題で盛り上がっていたのだった。
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