王都の変化

 そして、バグロムの言ったとおりにお昼になる前に王宮から立て看板という形で発表がなされた。

 1つは、話にもあった各国の状況。

 未知の状況により大国への道は安全とは言えない為、可能な限り渡航を控えるようにする警告である。

 そして、もう1つ……王の崩御とアンゼリカの即位も同時に伝えられていた。

 このアンゼリカ即位のニュースにざわめいた者も居たが、大国が堕ちたかもしれないというニュースによる動揺でほとんど埋もれてしまっていた。

 

「実際、それが狙いなんだろうな」

「だね」


 看板を遠目に眺めたセイルにクロスも頷き、足早に遠ざかる。

 王都の目立つ場所数か所に設置されたらしい看板には人が集まっており、遠からず王都中に広がり何らかの影響を齎すだろう事は確実だった。


「あら、セイルじゃない」

「ん? ……げっ」

「何よ、失礼ね」


 セイルが呼ばれ振り返った先。そこに居たのは、グミの暴走の時に出会った魔法士ロビーナだった。


「ああ、いや。すまない。昨日は遅かっただろうに、いいのか?」

「それを言うなら貴方もでしょ、セイル」

「まあな」

「……誰?」

「あら、可愛い子。こんな子も手籠めにしてるの?」


 ロビーナの言い草にセイルは「人聞きの悪い事を……」と嫌そうな顔で呟く。


「俺は仲間に手を出したりなどしていない」

「そうなの?」

「出される予定」

「だそうよ?」


 ロビーナとクロスの突如のタッグにセイルは頭を抱えそうになるが、何とか平静を保つ。


「俺の話はいい。それより、何か用だったか?」

「え? 特にないわよ。見かけたから呼び止めただけ」

「そうか」


 頷くと、セイルは立ち去ろうかと考えて……ふと、思いついたように「あ」と声をあげる。


「そういえば、そこの立て看板は見たか?」

「ええ。なんか色々大変みたいね」

「随分冷静だな」


 少し驚いてセイルがそう言うと、ロビーナは僅かな苦笑をその口元に浮かべる。


「慌てたところで、私に何が出来るのよ? 精々いつも通りにやるしかないわ」

「……そうか」

「何人かは名を上げるチャンスだってイキってるみたいだけど。私から見れば命の無駄遣いね」


 その言葉に、セイルは答えない。

 その言葉はある意味で正しく、その行動もまた同様。

 しかし、同時に正しくもない。

「戦うべきだ」などと言うのは、エゴでしかないと分かっているからだ。

 だから、セイルはこう答える。


「……そうかもしれないな」

「でしょ?」

「ああ。じゃあ、俺達はまだ行く所があるんでな」

「ええ、お互い頑張りましょうね」

「またね」


 クロスも手を振り、セイルとクロスはロビーナと別れ歩く。

 しばらくの無言の後、クロスはセイルを見上げ手を握る。


「私は、戦う」

「ああ。期待している」


 この世界を救おうというのであれば。

 英雄であろうとするならば。

 セイル達に圧し掛かる責任は重い。

 その重さに負けないように、セイルは胸を張って歩いて。その視線の先に、店を覗いている見知った姿があるのを見た。

 自分の杖を小脇に抱え、店先の樽に入った長い棒のようなものを見ているのは……間違いなくイリーナだった。


「……どう見ても、ただの棒です」

「そんなこたあねえよ。杖職人見習いが作ったもんだが、魔法の増幅効果は期待できるだろうって話だ」

「何一つ信用できねえです。こんな胡散臭い棒でシバかれる前に、魔法書出すです」

「お客さん、そんなもん扱ってねえよ。分かってるだろ? 魔法ってのは」

「引退した魔法士から本を買い取ったのは調べついてるです。さっさと出さないとこの棒をお前の」

「イリーナ」


 セイルが声をかけると、イリーナはハッとしたように振り向く。


「あ、セイル様」

「何してるんだ?」

「朝から依頼を1つ受けて稼いだから、魔法書買いに来たです」

「……なるほどな」


 この世界の魔法。それをイリーナが学ぼうとしているのは、イリーナなりに攻撃に幅を持たせようとしている為だろう。

 そういえばその件をクロスにまだ頼めていないな……などと考えながら、セイルは店主に顔を向ける。


「そういう事なら、是非売って欲しいんだが」

「あー……いやあ。しかしですねえ」

「何故出し渋る。あるんだろう?」


 セイルの疑問に、店主は言い難そうな顔をする。


「えーとですね……あまり大っぴらに売ると目ぇつけられるんですよ。魔法士の業界ってのは広いようで狭いっつーか……今回も、件の魔法士の方が余所の国に移住するってんで、他の道具と纏めて引き取ったって感じでして」

「他の道具?」

「ええ、杖とかローブとかですな。なんでもない古本もついでに何冊か。そっちは本屋の方に流しましたがね」


 笑う店主に、セイルは端的に「で、幾らだ?」と問いかける。


「1ゴールド」

「30シルバーだ」

「そりゃねえですよ。今話したでしょ? 滅多に出回らねえもんです。98シルバー」

「引退したということは弟子も居なかったんだろう? どの程度のものか怪しい。落書きかもしれんから31シルバーだ」

「安心してください。パラ見ですがお求めのもんは記されているはずですよ。97シルバー」

「こっちに事前確認させてくれるなら50シルバーで考えてもいい」

「そいつぁ無理です。覚えたから要らないってんじゃ商売あがったりだ。90シルバーで」

「内容の分からんものにそんなには出せん。32シルバーだ」


 睨み合うセイルと店主。

 この後、クロスとイリーナも加わり……結局のところ、43シルバー5ブロンズでの購入であった。

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