支部長との商談2

 促されたセイルが簡単に北メルクトの森での話を伝えると、バグロムは難しい顔をして唸り始める。


「……ダークエルフ、か。俄かには信じ難い、と言いたいところだが。実のところ、信じざるを得ない状況がある」

「状況、か」


 冒険者ギルドには昨晩セイルがアンゼリカと共に確認した、キングオーブを利用したネットワークが存在する。

 皇国や王国の状況、帝国との不通も当然知っているだろう。

 しかしその件には触れず、セイルはバグロムの言葉を待つ。


「ああ。これは職員にも緘口令を敷いているが、今世界中で大きな混乱が起きている」

「……」


 セイルが何も言わない事をどうとったかは分からないが、バグロムはそのまま言葉を続ける。


「俺もどう言えばいいのかは分からん。分からんが……この国を囲む3つの大国は今、今までの常識では考えられん状況に陥っている」

「それは、俺に伝えてもいいのか?」

「セイル。お前が今城に滞在している事は知っている。昨晩、冒険者ギルドに来た事もな。随分気に入られているようだし……見たんだろう?」

「さて、な」

「そんな腹の探り合いは要らん。お前には隠す意味など無いと分かるから話しているんだ」


 バグロムに睨まれ、セイルは仕方ないという風に息を吐く。


「そうだな。昨夜アンゼリカ王女と共に地下の魔道具を使った」

「なら俺の混乱も分かって貰えるものと思っている。正直、吟遊詩人ですらもう少し分かりやすく現実的な詩を唄うだろうよ」


 なるほど、獣人にドワーフ、エルフ。

 事前知識もないままにそれらしき情報を押し付けられて、混乱しないはずもないとセイルは思う。


「……昨夜の話だが」

「ん?」

「ライトエルフの英雄を名乗る男に会った。そいつから聞いた話からの推測になるが……王国に出現したのはドワーフ、皇国に出現したのは獣人だろう」

「いやいやいや! 待て。ライトエルフ? ドワーフ? 獣人? お前、一体昨晩どれだけの事に関わったんだ」

「俺も濃い夜だったとは思っている」


 言いながらセイルは苦笑する。

 正直、この世界に来てから一番忙しい夜だっただろう。

 毎晩あんな事になるのは御免被りたいとすら思っている。


「まあ、とにかく……だ。大国はそうした連中の襲撃を受けている。さっき下を見たが……色々と拙いんじゃないのか?」

「どのみち時間の問題だろう。大国への護衛依頼は一時保留するように伝えているが……今日の昼前までには王宮の方から発表が出る手筈になっている」

「王宮から?」

「ああ。朝一番で使者を出してな。向こうも想定していたんだろう。すぐに詳細な指示が返ってきた」


 なるほど、王宮と冒険者ギルドはこうした面でも連携しているのだとセイルは気付かされる。

 たとえば、冒険者ギルドから急いで発表したとして。

 そうした時、王宮はのほほんと何をしているんだという批判が出るのは避けられないだろう。

 事実がどうであれ、そういったネガティブな話題は世を席捲しやすい。

 同時に冒険者ギルドの影響力が強くなり過ぎるのも、冒険者ギルドとしては避けるべき事ではあるのだろう。

 そうした時、冒険者ギルドが発表するのではなく王宮からの発表という形にする事で王宮の面目を保ち、冒険者ギルドがその下に居る組織であると位置づける。

 恐らくはそうした仕組みになっているのだ。


「まあ、そんなわけで……だ。しばらくは王都も騒がしくなるだろうさ」

「だろうな」

「お前みたいな強い連中が王都に居るのは救いだな。多少は希望が見える」


 そう言って笑うバグロムにセイルは「それなんだがな」と遮る。


「全員じゃないが、俺達はこの国の外に行くつもりだ」

「んなっ……! まさか皇国か!?」

「その辺りはともかく、だな。ある程度の目途がついたら戻ろうとは思っているが」


 セイルがそう言うと、椅子から立ち上がりかけていたバグロムは力なく椅子に座る。


「……これだから実力のある奴は。腰を落ち着けるって事と縁が無えから困る」

「そんな事は無いと思うんだが」

「ほざけ。ったく……この武具はそれもあっての話か」

「さあな」

「はあ……」


 バグロムは大きく溜息をつくと、頭をバリバリと掻く。


「全員じゃないって言ったな」

「ああ。アンゼリカ王女の護衛も兼ねているが、冒険者ギルドの依頼もこなしていく予定だ」

「そうしてくれ。ついでに、そうだな。お前にも指名依頼の国外調査という形で依頼を出しておく。良い情報があったら此方にも共有してくれ」

「報酬は期待しても?」

「規定通りの報酬だがな」


 そう言ってバグロムはニヤリと笑い、新しい紙に何かを書き付ける。


「これも下で職員に渡せ。依頼の登録と手続きが行われる」

「ああ、感謝する」

「感謝など要らん。生きて帰ってこい」


 セイルはバグロムから書類を受け取ると「ああ」と短く答える。


「……で、だ」


 バグロムの視線は、セイルの後ろのクロスへと向けられる。


「そのお嬢ちゃんは、まだ俺の事が苦手なのか?」

「体育講師みたい。苦手」

「……体育ってなんだ?」

「肉体鍛錬の事だ」

「これでも無駄な筋肉はつけないようにしてるんだがなあ……」


 そんな事を言うバグロムにかける言葉が見つからず、セイルは「失礼する」と言ってクロスと共に支部長室を出た。

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