支部長を探して

 そして、クロスを伴ったセイルは王城を出て支部長の家へと向かっていた。

 町中はまだ昨夜の影響かピリピリしていて、いつもの賑やかさはあまり無い。


「おい、いつもより高くないか」

「この状況だとね……仕入れも難しくなりそうだからな」

「チッ、まあ仕方ないか」


 店先で交わされるそんな会話も、今の状況を如実に表していると言えるだろうか。

 世界各国の状況が伝わったら、これがどうなってしまうのかと考えると……色々な意味でアンゼリカの手腕が問われる時ではあるのだろう。

 とりあえず確かなのは、物価が今までより上昇するであろうということくらいだ。


「お金がないのは悲しい」

「そうだな……金がないのは首がないのと同じ、という言葉があるが実感する」


 何よりも期待していた薬を売れそうにないというのが大きい。

 思いついた時には素晴らしい案だと思っていたのだが、何故こうも上手くいかないのだろうかとセイルは自問したくなる。


「アンチポイズンを売れれば問題ないんだがな」

「効果が証明できないと無理だと思う」

「そうだな……」


 それが難しい。まさか目の前で使ってみせるわけにもいかない。

 その毒を何処で用意するのだという話になってしまう。


「クロス、お前にも無理か? 何か理論的な事を言って納得させるとか」

「させたらさせたで大変。たぶん凄い事になる」

「無理とは言わないんだな」

「作るのは無理。どういう理屈かは基本だけなら分かる」


 なるほど、と頷くセイルの裾をクロスは引っ張る。


「売りたいの?」

「可能ならば、な。だが今はその時じゃないんだろう」

「うん」


 端的に頷くクロスにセイルは苦笑する。

 本当に上手くいかない。いかないが……こうして頼りになる仲間がいる事で救われているともセイルは思うのだ。

 そうして歩いていくと支部長の家へとやがて辿り着き、セイルは扉を軽く叩く。

 しかし……叩いても、反応はない。


「……留守なのか?」

「冒険者ギルド、行ってるとか?」

「可能性はある。すでに再開しているかもしれないし、な」


 冒険者ギルドも、この状況でいつまでも休業状態というわけにもいかないだろう。

 しかしそうなると、此処に来たのは無駄足だっただろうか?


「……上手くいかないな、本当に」

「そんなことも、ある」

「そうか?」

「うん」


 頷くクロスに、セイルは「そうかもな」と答える。

 気遣わせてしまっている。その事実が情けないと、多少強がってもいる。


「よし、なら冒険者ギルドに行くぞ」

「ん」

「お? なんだお前等。支部長に用か?」


 セイル達が踵を返して歩き始めた瞬間、支部長の家の扉が開きヴァイスが顔を出す。


「ヴァイス……居たのか」

「おう、すまねーな。今こっちにゃ、俺が留守番してるだけでな」

「留守番? もう支部長の護衛もいらないだろうし、此処は個人宅だろう?」


 セイルがそう聞くと、ヴァイスは勿論だと頷く。


「確かに普通ならいらねーんだがな。昨夜の騒ぎは知ってるか?」

「グミの騒動か?」

「ああ。モンスター共が今までにない動きをして、空には気持ちの悪ぃ赤い月。不安になった馬鹿どもが騒ぎを起こしでもしたら、狙われるのは金目の物がある家だ。つまり……な?」

「……しばらく様子見が必要、というわけか」

「そういうこった」


 今支部長に何かあれば、その分混乱が収まるのが遅くなる。

 つまりはそういうことなのだろう。


「今日から冒険者ギルドも再開だからな。支部長はそっちに行ってる。で、お前等はアレか。支部長の調子でも見に来たか?」

「ああ、それもあったんだがな。そちらについては心配無さそうだな?」

「まあな。早速バリバリやるって気合入れてる。で、他の用事ってのはなんだよ」


 中々に話が早くて助かるな……と、セイルは見本代わりに布に包んできた鋼のシミターを取り出す。


「これを見てくれ。どう思う?」

「どうって……抜いていいのか?」

「ああ」


 シミターを受け取ったヴァイスは鞘から軽く引き抜き、感嘆の声をあげる。


「こいつぁ……曲剣か。すげえな、相当の名剣だ」

「分かるか」

「ああ。こんなもん、少なくともこの国じゃ見た事ねぇ。帝国辺りに持って行っても、かなりの額で売れそうな代物だ」

「そいつを売ろうと思ってな。これからは必要になるだろう?」


 セイルがそう言うと、ヴァイスはシミターを鞘に納めて訝しげな顔をする。


「この剣をか? しかしお前、これ程のもんを……」

「俺にはコレがあるからな」


 言いながら腰のヴァルブレイドを叩いてみせると、ヴァイスは顎に手を当て悩む様子を見せる。


「まあ、確かに……な。良質な武器は幾らあっても困るもんじゃねえが」

「ちなみにお前なら、店で売ってたとして幾らで買う?」

「俺か? 俺なら、そうだな……んー。1ゴールドなら迷わず出すな。それ以上だと、ちと迷うかもしれねえ」

「褒めた割には安い」


 クロスがそう言うと、ヴァイスは苦笑しながらシミターを返してくる。


「ハハ、まあ材質の問題だな。鉄や鋼製だと、どうしても通用する敵の上限ってもんがある。ゴーレムみたいな硬い敵を相手にしようと思ったら、アダマン鋼くらいの材質は必要になってくる」

「なるほどな」


 頷きながら、確かカオスディスティニーにも「アダマン」の名がつく武器があったな……などと思い出す。

 レアリティは星2のはずだったから、いつか手に入るかもしれないが……少なくとも、今は持っていない。


「もしコレがアダマン鋼製だったら、どう値付けしていた?」

「ん? そりゃあお前、この出来でアダマン鋼製だったら……2倍の値はつくだろ」

「そうか。まあ、とりあえず冒険者ギルドに行くとしよう」

「おう、気をつけてな」


 やはり上手くはいかないな……などと考えながら、セイルはヴァイスに軽く手を振り別れを告げた。

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