毒消しの行方

 アンゼリカにアンチポイズンを売る。それは確かに正しい流れなのだろうとセイルは思う。

 しかし、何と言って売りつければいいのか。

 色々あって意気消沈しているアンゼリカに毒消しを売りつける自分を想像して、セイルは頭を抱える。


「……いや、ダメだ。女の弱り目に付け込んで怪しい物を売りつける男にしか見えん」

「あー……」

「かもですね……」


 同じことを想像したのか、ウルザとアミルも微妙な顔をする。


「けど、それならどうするの? 薬屋にでも売る?」

「……そういえば行った事は無かったが。この世界の薬屋はどうなってるんだ?」

「普通の薬と魔法薬、両方扱ってるわね」


 言いながら、ウルザは「あくまでこの町の例だけど」と説明を開始する。

 基本的に全ての薬は、薬屋で扱っている。

 そして薬屋は、町の錬金術師から薬を仕入れ売っている……というわけだ。


 薬の分類は、薬草などを混ぜて作る普通の薬と、魔力を籠めた魔法薬の二種類だ。

 基本的に魔法薬の方が高いが、あまり種類があるわけではない。


「私が見たのは傷を回復するポーションと、魔力を回復するポーションね」

「ふむ……」


 魔力を回復するポーションというものは、カオスディスティニーには無い。

 何故なら、「魔法」とは魔法士の通常攻撃手段であり、無限に放てるものだったからだ。

 しかし今はいいだろうとセイルは思考を切り替える。


「とすると、毒消しでなくともガードポーションも売れそうだが……今はとっておきたいな」

「そう?」

「ああ。現状で太刀打ちできない敵が現れた時の助けになる」


 たとえばアタック系の場合は、物理攻撃力を増加させる。

 今持っているアタックウォーターであれば、一時的に物理攻撃力を10増加させることが出来る。

 アタックポーションであれば20、ハイアタックポーションであれば40、アタックエリクサーであれば80。

 アタックウォーターも僅か10の増加ではあるが、決して軽視できるものではない。


「よし、薬屋にアンチポイズンを売り込む方向でいくか」

「出来るの?」

「ん?」


 肩を竦めるウルザに、セイルは疑問符を浮かべるが……アミルが「あー」と手を叩く。


「もしかして……」

「なんだ、アミル。何が分かったんだ?」

「いえ、その。えーと……つまり、この世界にない毒消しの魔法薬を売る……ってことですよね?」

「ああ」

「そのー……ですね。詐欺って思われないかなー……と」


 それを聞いて、セイルは再度頭を抱える。

 なるほど、確かにその通りではある。

 この世界では作れないのか思いつかないのか分からないが、毒消しのポーションは存在していない。

 そこに「万能の毒消しポーション」と題された物が持ち込まれたとして、どう思われるか。


「……なるほど、詐欺師にしか思えん。俺なら通報する」

「私も同意見ね。だから姫様に売れって言ってるでしょ?」

「アンゼリカだったらどうだと言うんだ」

「秘薬の毒消しで済むでしょ? どこぞの秘密の王族の類だと思われてるんだから」

「それは、そうだが……」


 セイルはこの世界で王族の証とされている固有能力……すなわちアビリティを持っている。

 そのせいでアンゼリカには何処かの国の秘されたか忘れ去られたかした王族の血筋だと思われているようなのだが。

 それを利用しろとウルザは言っているのだろうと、理解は出来る。出来るのだ。

 出来るが……そんなものをどう切り出せというのか。


「……正直、俺の信用と引き換えな気がするぞ」

「だったら諦めたら?」

「うーむ……」


 正直に言って、セイルは今のアンゼリカとの協力関係は崩したくない。

 つまり、アンチポイズンは売れないということになる。

 そうなると……。


「初心に返るしかない、か?」

「初心ですか?」

「ああ、アミル。覚えているか? 俺達が最初に資金を稼いだ手段を」

「それは……えっ? しかしアレは出来るだけやらない方針というお話では」

「今は仕方ないだろう。いや、むしろこの方針であれば『売れる相手』がいる」


 言いながら、セイルはカオスゲートに並んだ武具の一覧を見る。

 星1の武具は、合成に使ってしまったので先程引いたもの以外は残っていない。

 星2の武具も、滅多なものは流せなかった。

 しかし、しかしだ。


「この王都の冒険者ギルド支部長相手なら……そして今の状況であれば、話は別だと思わないか?」


 言いながら、セイルはカオスゲートから鋼の斧を取り出す。

 

「それって……」

「俺達には今は無用だが、この世界の武具レベルを見るに……これは相当有用なはずだ」


 外にいる魔物の生態が変化している現状、強い武器は幾らあっても足りないはずだ。

 ならば素材にするには勿体なく、しかし現状で誰も使う者のいない武器を多少売ったところで問題はない……はずだ。


「復活した支部長の求心力を戻す手伝いにもなるだろうしな」

「使い方次第でしょうけどね」


 有事に頼りになる人間には、自然と敬意というものが湧くように人間は出来ている。

 この異常事態にそれを解決する助けとなる武器を支部長が提供できたとなれば、それは副支部長関連で信用を失ったこの町の冒険者ギルドを助ける事にも繋がるだろう。


「よし、そうと決まれば……クロスを探すか」

「クロス? どうして?」

「いや、オーガンでもいいんだが……経過観察という『建前』は大事だろう?」

「あー、それなら……」


 セイルに、アミルが遠慮がちにドアの方を指差してみせる。

 半開きになったそのドアの隙間からは……いつの間にやってきたのかクロスがじっと顔を覗かせていた。

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