キングオーブ
考えるべき事は、幾つかある。
それはバルコニーに居た時にキングオーブから送られてきたメッセージのことだ。
私達は託された力の欠片です。
私達は託された知恵の欠片です。
そう、キングオーブはそう言っていた。
そして先程「力の欠片」は受け取った。
……ならば、知恵の欠片は?
キングオーブに今まで蓄えられた知識が「知恵の欠片」であると考えることも出来る。
しかし、それは蓄積したものであって「託された」ものではない。
ならば、やはりキングオーブの中には隠された知識があるのだろうか?
そしてそれは、どうすれば取り出すことが出来るのか?
「セイル様、お待たせしました!」
「な、なんと。こんな場所に地下室が……うっ!?」
戻ってきたアミルに連れられたアンゼリカが、鈍く輝くキングオーブを見て言葉に詰まる。
理解できた。セイルの前にあるソレがキングオーブであると、理解できてしまったのだ。
「キング、オーブ……」
ゆっくりと、アンゼリカはキングオーブへと近づいていく。
安置されたキングオーブの手前。アンゼリカはキングオーブを見つめながら、ゆっくりと問いかける。
「……何故じゃ。妾が見た他国のキングオーブは、このように輝いてはおらんかった。一体何が起こっている……? それとも、このキングオーブが特別だとでもいうのか……?」
―キングオーブ01が回答します。該当のオーブは未覚醒であると推測します。人間の英雄との接続を推奨します―
「うおっ、なんじゃ!?」
いきなり声を発したキングオーブからアンゼリカは飛び退くように離れ、セイルの後ろに隠れる。
「セ、セセセ……セイル! 今、キングオーブが喋らんかったか!?」
「ああ、確かに。キングオーブ、お前……会話機能があるのか?」
―否定。一部肯定。覚醒状態に限り、最低限の質疑応答機能を備えています―
否定、一部肯定。つまり「人間のような会話は不可能だ」と言っているのだろうとセイルは推測する。
たとえば話しかけ方などによっては反応すらないということだって充分有り得るだろう。
「覚醒状態とはなんだ?」
―人間の英雄との接続により、一時的な封印解除をされている状態となります―
「接続、とは?」
―オーブの封印解除に必要な動作を指します―
「答えになってませんね……」
「ああ。融通は利かないようだな」
呆れたようなアミルに、セイルもそう言って肩を竦める。
それしか接続とやらに関する知識が存在しないのかもしれないが、これでは何も分からないのとそう変わらない。
「な、ならば! その人間の英雄がセイルということなのじゃな!?」
―回答不能。キングオーブ01の中に回答が存在しないか、質問の意図が不明の可能性があります―
「なんでじゃ!」
アンゼリカが床を足で叩くが、なるほど……とセイルは「質問のルール」を理解する。
恐らく今のは「セイル」という単語をキングオーブが理解できなかったのだ。
此処にいるセイル個人が「人間の英雄」だと理解できても、それがセイルという個体名を持っている事は、蓄えられた知識の中には存在しないのだろう。
それ故に「人間の英雄=セイル」という質問に回答できなかったのだ。
ならば、とセイルは思う。1つの疑問はこれで解決できるかもしれない。
「知っているなら答えてくれ。赤い月、あるいは月の魔力。これについて何か知っているか?」
そう、それは天に浮かぶ赤い月。そしてストラレスタの言った「月が地上に魔力を届ける」という言葉。
そして……あのグミの大暴走に関する事だった。
―赤の月は暴虐の月。あらゆる生物は凶化の可能性が高まります。特に低位の魔族であるモンスター、自己の意識の薄弱な生命体は影響を受けやすくなります。また、獣人に特に好影響を齎します―
「セ、セイル様。これは……」
「赤の月は、じゃと……? まさか他にもあるというのか」
―肯定―
絶句するアミルとアンゼリカ。
セイルだって、決して冷静というわけではない。
けれど。それでもセイルはこの場で動揺を見せるわけにはいかなかった。
冷静沈着で頼れる男。それを装いながら、セイルはキングオーブに問いかける。
「なら、全ての月について教えてくれ」
―生命を寿ぐは、創世の白の月。望みを形に変えるは、栄光の金の月。あらゆるものを呪うは、呪怨の黒の月。平穏を装うは、静寂の青の月。常識を覆すは、惑いの緑の月。破壊を望むは、暴虐の赤の月。静止を齎すは、終末の銀の月―
「ど、どういう意味じゃ。それでは訳が分からんぞ」
そんなアンゼリカの呟きが「質問」となったのだろうか。
キングオーブは淡々と知識を吐き出していく。
創世の白の月。傷や病気などの回復力が少し高まる。
栄光の金の月。蟲人に特に好影響を与える月であり、何らかの変化や成長などが起きる可能性がある。
呪怨の黒の月。魔族に特に好影響を与える月であり、呪術などの力が高まる。
静寂の青の月。何にも影響を与えない。
惑いの緑の月。何が起こるか分からず、常識を超えた何かが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。
暴虐の赤の月。これは先程の説明の通り。
終末の銀の月。あらゆる全てが、その効果を減じる。
「なるほど、な」
確かダークエルフのアガルベリダが「黒の月」とか言っていたな……とセイルは思い出す。
ただの呪文の文言だと思っていたが、実際の月の事を示していたのだろう。
「……だとすると、赤の月とやらをやり過ごせばいいのか……? いや、しかしこれは……」
アンゼリカは頭痛を抑えるように目元を覆うと、大きく息を吐く。
「……すまん。妾は疲れた。寝室に戻るとする」
「ああ。起こしてしまってすまないな」
「いや、よい。このような重大事、伝えてくれて感謝する」
「アミル」
「はい」
セイルの一言で察したアミルが、護衛としてアンゼリカについていく。
その姿が階段を昇り消えていったのを確認すると、セイルはキングオーブへと向き直る。
「……お前は、白の月神と言ったな。他の月にも……神がいるのか?」
それは、キングオーブから最初に届いたメッセージの一部。
セイルが引っかかっていた、一つの単語。
―肯定。キングオーブ01は、人間の英雄に警告します。全ての月神が、人間の味方なわけではありません―
「……だろうな」
恐らく、あの少年神は人間の味方であり……「白き月神」なのだろうとセイルは思う。
ならば、他の月が帰ってきた今。
そうした神々からの干渉も、あるいは。
「他の月神からの干渉は、今後有り得るのか?」
―回答不能。キングオーブ01の中に回答が存在しないか、質問の意図が不明の可能性があります―
分かっていた答え。
それでも、セイルは今後の事を思い……小さく、溜息をついた。
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