激震する世界16

「……思ったよりカビ臭くはないな」

「そんなもん、妾が許さんし……何より此処は最重要区画じゃからの。風の魔法具で換気をしとるはずじゃ」

「なるほどな」


 階段を降りた先はやはり光の魔法具なのだろうか、部屋を明るく照らすランプのようなものが壁に幾つか据え付けられている。


「しかし、何故地下に?」

「地上に何かあっても大丈夫なようにじゃないかしら」

「その通りじゃ。たとえ地上が崩れても地下なら平気じゃからの」


 ウルザの答えにアンゼリカも頷き、部屋の奥に置かれた机を指し示す。


「ほれ、アレが此処にある魔道具じゃ」


 そこにあったのは、水晶版とでも呼ぶべきものだった。

 あるいはガラス板……そんな感じの大きな透明の板が机の奥の壁にかけられている。


「これが……」

「正確には、これこそが大魔法士の作ったオリジナルと言われておる。ま、何処の国でも同じ事言っておるがの」


 言いながら、アンゼリカは机の前の椅子に座る。


「起動せよ」


 そう告げアンゼリカが水晶板に手を近づけ魔力を流すと、水晶板に光が灯りうっすらと輝き始める。


「直近の登録情報を表示せよ。対象は全世界じゃ」

 

 その言葉と同時に水晶板に文字情報が大量に流れ始める。

 その量は膨大で……やがて停止する。

 そこに記された文字は、セイルとウルザにもしっかりと読めた。


 オーブ02、接続不能。

 オーブ03、接続不能。


「……どういう、事じゃ?」


 慌てたようにアンゼリカの視線はその下の情報へと向けられる。

 そして……その身体は、小刻みに震え始める。


「……馬鹿な」


 何があった、と聞くまでもない。

 そこに表示されたものは、セイル達にも見えているからだ。


 もう、だめだ。

 王国はきっと滅びる。山に呑み込まれ、何が何処にあるのかも分からない。

 外には髭面の蛮族が跋扈し、この建物もすでに制圧されつつあるようだ。

 ああ、お願いだ。誰か


 此処で途切れている。何があったかは想像するしかないが……恐らくはドワーフだろう、とセイルは思う。

 ストラレスタが言っていた中で「髭面の蛮族」と聞いて想像できるものは、それくらいしかない。


「ぬ……」


 呆然としていたアンゼリカだが、水晶板に新しい文章が追加されたのを見て、そちらへと視線を向ける。


「これは……皇国からか!」


 スラーラン皇国、皇都シュヴァイセンでは今、獣が人になったかのような化物共の襲撃を受けています。

 付近の冒険者ギルドは、すぐに応援の人員を派遣してください。

 剣聖ジークリットと隠者ラウの助力もあり、皇都の戦況は今は安定しています。

 なお、これは皇族からの直接依頼となります。報酬は1人あたり、最低で1日1ゴールド。

 すぐに掲示、紹介を始めてください。


「……ぬう」

「獣人、か。しかし無事なようだな」

「それはそうじゃろう。剣聖ジークリットと隠者ラウといえば、現時点で最強に近いと言われる2人じゃ。居るだけで士気も天井知らずじゃろうよ」


 それに、とアンゼリカは言う。


「スラーラン皇国の騎士は強い。妾の騎士達など比べ物にならん程にの」

「皇国は平気だということか?」

「分からん。妾はその獣人とかいう連中を知らぬ!」


 苛立つアンゼリカになんと言っていいか分からず、セイルは黙り込む。

 慰めたり適当な事を言っていい場面ではない。

 しかし、だとすると何と言うべきなのか。


「スラーラン皇国が無事であるとすると、レヴァンド王国とアシュヘルト帝国は墜ちたのか……? 分からん、情報が足りぬ!」


 レヴァンド王国とアシュヘルト帝国といえば、このヘクス王国を囲む3つの巨大国家のうちの2つだっただろうかとセイルは思い出す。


「落ち着け、アンゼリカ。まだそうと決まったわけじゃない」

「じゃが、確率は高い。繋がらんということは、まず間違いなく冒険者ギルドの魔法具が壊されておるのじゃからの」

「そういうもの、なのか。いや、だが王城が墜ちたわけじゃない。そうだろう?」

「まあ、確かにそうじゃの。そう信じることは出来る」


 まったく信じていない目でアンゼリカはそう答える。


「じゃがまあ、慌ててもどうしようもない事は事実じゃ。取り乱した……すまんの、セイル」

「いや、いい」

「しかし、これは……どうしたものか。いや、どうしようもない。ストラレスタとやらがお主に伝えたように、従属の未来を考えるべきなのかもしれぬ……」


 憔悴した様子のアンゼリカを見ながら、セイルはあの時の……少年神の言葉を思い出していた。

 英雄として振る舞え。

 世界の模範となれ。

 あの少年神はそう言っていた。


 英雄として振る舞い、世界の模範となる。

 ならば、セイルの今すべき事は何なのか?

 そう考えた時、自然とセイルの身体は動き……アンゼリカの肩に、手を置いていた。


「セイル……?」

「俺がやる」


 そう、口にしていた。

 誰に強制されたわけでもなく、セイル自身の意思でその言葉は発されていた。


「俺が人間の英雄として、先頭に立って戦おう。だから、他の種族に従属する必要なんてない」


 国が滅びたというのであれば、そこに新しい国を打ち立てよう。

 戦う人間が居ないというのであれば、抗せる力が無いというのであれば、それに足る者を揃えよう。

 セイルには……人間の英雄には、その力があるのだから。


「これ以上、何も心配する必要なんてない。この世界には……俺が居る」


 それは、この激震する世界への誓い。

 始まった乱世の中に放たれた、1人の「英雄」の宣言だった。

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