激震する世界13

 ロビーナの見えない位置まで来ると、2人の歩みはゆっくりとしたものになる。

 元より他の門の様子を見に行くつもりは、あまりない。

 今から行っても仕方がないだろうと分かっているからだ。


「やれやれ……あれも赤い月の影響か?」

「素だと思うわよ?」

「素か……」


 怖いな、などとセイルが思っているとウルザが顔を覗き込んでくる。


「なんだ?」

「別に。貴方、もっと女に不自由してなさそうなイメージあったから」

「どういう意味だそれは」

「生々しい意味だけど?」


 セイルが呆れたように「そんなわけないだろう」と言えば、ウルザは「ふーん?」と返してくる。


「意外にウブなのかしら」

「やめてくれ。戦闘でもないのに疲れそうだ」

「はいはい、仰せのままに」


 実際、カオスディスティニーの「セイル」であれば無数のユニットとの好感度イベントをこなすだろう。

 そこから何かに発展するわけではないしユニットも女だけではないので、エイスのよく言うように女たらしではない、はずだ。まあ、人たらしではあるのかもしれないが。

 それをセイルが完全に同じように出来るかと言われれば、答えは否となってしまう。

 セイルはあくまで、自分の出来るようにしか出来ないのだから。


「それにしても、月……ねえ?」

「さっきの話か?」

「ええ。もしアレが本当に「今まで存在しなかった」月なら……それって、とんでもない事じゃないの?」

「だろうな」


 確か月の位置が変わるだけで潮流が変わる……なんて話もセイルは聞いたような覚えがあった。

 今までの月が何処に行ったのかは知らないが、月の変化により世界にどんな影響が出ているのか、全く想像も出来ない。


「世界は今、どうなっている……?」

「それを確かめる為に城に行くんでしょ?」

「そういえばさっきも城に戻ると言っていたな」


 城に残したアミル達が心配だという意味だとセイルは思っていたのだが、どうやら違うようだとセイルは気付く。

 そして、そんなセイルにウルザも気付いたのだろう。呆れたような目でセイルを見てくる。


「あっきれたわ。何も分からずに同意してたの?」

「いや、仲間を心配しての事だとばかり」

「仲間を世界って呼ぶ程友情してないわよ、私は」

「む」


 黙り込んだセイルにウルザは溜息をつきながら人差し指を振ってみせる。


「いい? 城ってのはね。一番情報が集まる場所なのよ」

「まあ、そうだろうな」

「それに、セイルがあの王女様達と話してた事が本当なら……王城が一番情報が集まる場所かもしれないわよ?」


 そのウルザの言葉に、セイルの足がピタリと止まる。


「……待て。その話はしてなかったはずだが」

「隠れて聞いてたに決まってるでしょ? 何言ってるのよ」


 当然でしょ、と言うウルザに……今度はセイルが呆れたような目を向ける番だった。


「お前は……一歩間違えたら大問題だぞ」

「その一歩を迷いなく踏み出せるかどうかが暗殺者の才能よ?」

「いや、そうかもしれんが……」


 絶対にアンゼリカには言えないな……などとセイルは苦い表情をする。

 というか、人通りがないとはいえ表でする話でもない。


「まあ、言いたい事は分かった。王城にも似たようなモノがあるかもしれないと言いたいんだろう?」

「あるいは、だけどね」


 つまり、「ギルドにある情報入力、閲覧の為の魔道具が王城にもあるはずだ」ということだろうとセイルは理解する。

 確かに、キングオーブとやらを使ったシステムを冒険者ギルドのみに独占させ王城で使わないというのは考えにくい。

 そのままではなくとも、何かがあると考えるのは自然な事だった。


「……まあ、確かに言う通りだな。だが……」


 アンゼリカは「冒険者ギルドで討伐記録を確認してきてほしい」と言っていた。

 それは、王城では確認できないという意味にも聞こえた。

 アンゼリカの説明通りにキングオーブ同士を繋いだ情報ネットワークのようなものが出来ているのならば、冒険者ギルドで引き出せる情報が王城で引き出せないという事があるのだろうか?

 

 もし、そうだとすると……それは王城にはキングオーブと魔道具によるネットワークが存在しないという意味にならないだろうか?

 だが、そんな事は有り得るのだろうか?


 そもそも、キングオーブは王権の物理的な象徴であるはずだ。

 ならば、それそのものを冒険者ギルドに貸与しているとは考えにくい。

 キングオーブ自体は王城の何処かにあると考えるのが当然だろう。

 だというのに、魔道具は存在していないということはないはずだ。


「何かがおかしい、な」


 アンゼリカも王族であり、一国の王だ。

 当然相応の隠し事もあるだろうし、セイルに全てを話しているわけでもないだろう。

 しかし、何かこう……チグハグにも思える。

 まるで情報が一部だけ意図せず欠落しているような、そんな感覚があった。


「王女様も知らないとかだったら面白いわね。あ、今は女王様だったかしら?」

「可能性はありそう、だが……」


 そもそもの話で言えば、アンゼリカが王位についた経緯が通常のものではない。

 本来前王から継承されるべき情報が伝わっていないとしても何の不思議もない。

 しかし、そうだとすると。


「面倒な話になりそうだ」

「今更でしょ?」


 まるっきり他人事の顔で言うウルザに、セイルは大きな溜息で答えた。

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