激震する世界12

 やがて目に見える範囲のグミを殲滅した頃には、町中の騒ぎの声も収まっていた。

 他の門でもなんとかなったのだろう。まあ……所詮はグミだということだ。

 町中を駆けずり回る羽目にならなくてよかったとセイルは剣を鞘に納めるが、そこに門兵の一人が近づいてくる。


「いや、助かった。他の門に皆行っちまったのか、人が少なくてな」

「……いったい何があったんだ? グミは一部除いて大人しいモンスターだと思っていたが」


 ブラックグミだけであればともかく、他のグミも混ざっていた。

 これは通常有り得ない事のはずだが……門兵も同じ事を思っていたのか、首を傾げる。


「分からん。グミ共が突然、狂ったようにこちらに向かってきてな。今もあの調子だ」


 グミ達の体当たりで音を立てる門を示しながら、門兵は嫌そうな顔をする。


「グミ共は数だけは多いからな。このままじゃ危なくて門を開けられんぞ」

「今まで、同じような事は無かったの?」

「あったら俺は門兵なんか辞めてるよ」


 ウルザの問いに肩をすくめる門兵だが、確かにその通りだろうとセイルも思う。

 グミが突然そんな行動を起こすようなモンスターであるのなら、普段から討伐依頼が出て狩られていてもいいはずだ。

 それがされていないという事は、グミに対する認識が「放っておいても安全なモノ」であったという事だ。


「これも、あの気持ち悪い月のせいかねえ……」

「月……?」


 言われてセイルは空に浮かぶ赤い月を見上げる。

 血のように赤い月。

 滴る鮮血のような光を放つ月を見上げて……セイルはふと、ストラレスタの言葉を思い出す。


 月も間もなく、その魔力を地上に届け始めるだろう。


 ストラレスタは、そう言っていた。

 この状況が「月の魔力」とやらがもたらしたものであるとするならば、それは。

 もしかすると……グミだけに収まるものではないのではないだろうか?


 ゾッと背筋が冷えるような想像を振り払い、セイルは「嫌な月だな」と誤魔化すように月から視線を逸らす。


「だな。あの地震の後から月の色が変わっちまったが……なんだろうな。妙な威厳を感じる気もするんだ」

「色だけじゃないと思うわよ」

「何?」


 セイル達の会話に入ってきたのは、先程グミに魔法を放っていた魔法士のうちの一人だ。

 

「月の位置が微妙にズレてるわ。模様も違う気がするし……あれって、本当に私達の知ってる月なのかしらね」

「怖い事を言うなよ……」

「事実よ。多少憶測も入ってるのは否定しないけど。でも……」


 そこで言葉を切る魔法士の女に、セイルは「何かあるのか?」と問いかける。


「ロビーナよ」

「ん? あ、ああ。俺はセイルだ」


 それが自己紹介だと気付いたセイルが応えると、魔法士の女……ロビーナはニコリと笑う。


「あくまで私の体感だけど、普段より魔法の威力と消費が大きかったわ。魔力の使い過ぎで倒れてる連中、見た?」

「ああ」

「普段なら、そんな無様晒す連中じゃないわ。さっきが緊急事態だったって事を差し引いてもね?」


 なるほど、セイルは魔法については分からないし意識したこともなかった。

 実際イリーナを見る限りではかなり無制限に魔法を放っているように見えるので気付かなかったが……魔法には魔力の消費がつきものだろう。


「なるほどな。いつもの感覚と違っていたせいで自己管理が出来なかった……と?」

「そうよ。ついでに言えば、それは自分の意思によるものじゃない。とすると、考えられるのは……」

「外部からの影響、か」


 赤い月。そこから届けられる魔力とやらが魔法士達の魔法の威力にも影響したとするなら。


「そう考えると、あの赤い月も悪い事ばかりではない……のか?」

「どうかしらね。正直、狂わされてるって気もするわ」


 狂わされている。それは感覚的なものも含めてなのだろう。

 魔法の威力が変わって攻撃範囲が変われば、場合によっては仲間を巻き込む事だってあるだろう。

 魔力の消費が上がれば、思わぬところで魔力が尽きて戦線の維持に影響が出るかもしれない。

 そうでなくとも、上がった威力に身体が慣れれば……「そうではない」時にその感覚を頼みにして致命的な事態に陥るかもしれない。


「今の一言で分かったって顔ね」

「……どうかな」

「謙遜しないで良いわよ。さっきの戦いも凄かったわ。アレがグミじゃなくてゴブリンでも同じように動けてたんじゃない?」


 ジリジリと距離を詰めてくるロビーナに、セイルは思わずジリジリと後ろに下がる。

 いつの間にか獲物を狙うような目に変わっているロビーナに、なんとなく身の危険を感じたのだ。


「どうだろうな」

「謙遜しなくていいってば。ねえ貴方、今はそこの女とコンビなの? 魔法士とか、必要じゃない?」

「いや、それは……」

「私、役に立つわよ?」

「はいはーい、そろそろ行くわよセイル?」


 ウルザに腕を引っ張られて、セイルはハッとした顔になる。


「他の門も一応見て回らないと。でしょ?」

「そ、そうだな。では、失礼する」

「あ、ちょっと!」


 走り出すセイルとウルザにロビーナは手を伸ばしかけるが、走り寄ってきた鎧姿の男と何やら口喧嘩を始めてそれどころでは無くなってしまったようだった。

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