激震する世界9
セイルの言葉に、ストラレスタは愕然とした顔になる。
「……馬鹿な」
「事実だ。この国の今の王ですら、お前達の事を知らん」
「馬鹿な。そんな、馬鹿な」
馬鹿な、と繰り返すストラレスタ。しばらくそのまま呟き続けると、やがてその口元からは笑い声が漏れ始める。
「は、はは……ははは。馬鹿な。それでは、我等の過ごした日々は何だったというのか。人間は、断絶の日から何も学ばなかったというのか」
「知っているなら教えろ、ストラレスタ。エルフ以外の種族とは、断絶の日とはなんだ?」
「……少し黙れ、セイル」
ふらりと、ストラレスタは壁に手を突く。そのまま気を落ち着けるかのように何事かを呟き続け……やがて、剣呑な瞳がセイルへと向けられる。
「謝罪したばかりでこんな事を言うのは愚かの極みだが……やはり、今一度確かめなければならない」
その言葉に、セイルとウルザが構える。
「お前達が……人間達が何もかもを忘れてしまったというのなら。やはり人間は滅びる運命であるのかもしれない。そうであるのなら。せめてお前を試して、人間の未来を測るとしよう」
「何を言っている……!」
「此処で私と決闘しろ、人間の英雄セイル。お前が私や他の英雄と渡り合える器であるのなら、あるいは人類に望みはあるかもしれない」
「質問に答えろ、ストラレスタ!」
「答えさせたいのであれば」
ストラレスタから、濃厚な殺気が放たれる。
それは、セイルとウルザに戦闘態勢を整えさせるには充分すぎるもの。
ゆっくりと、ストラレスタの手が腰の剣へと向かっていく。
それは、カウントダウンのようで……セイルはウルザに下がるように合図すると、腰の剣に手を伸ばす。
「私を……納得させてみろ! その剣で!」
「ワケが分らんと……言ってるだろうが!」
二人は、ほぼ同時に抜剣する。
二本の重たい金属が引き抜かれる音が響き、二つの何かが飛び出す音が重なり合う。
ギイン、と。二本の剣が鍔迫り合う。
「何がそんなに気に障った! 知らない事が罪だとでも言うつもりか!」
「その通りだ! 忘れてはならぬ事を忘れた! それを罪と呼ばず何と呼ぶ!」
離れる。振る、受ける、響く。
互いに遠慮のない一撃は、甘い攻撃が通用しないと最初に理解したが故。
二つの金属の響かせる音の連続は、それが致命傷に繋がりかねない応酬であることをウルザに伝えてくる。
「そんな事は長い歴史で有り得る事だろう! 失いたくなくとも失う事だってある!」
「……だとしても!」
一際大きな音が響き、二人が離れる。
これほどまでに大きな音を響かせても人が近づく様子がないのは、やはり先程の魔法とやらがかけられているのか。それはセイルにもウルザにも分かりはしない。
今分かるのは……ストラレスタがこれ以上ないくらいに憤っているということだけだ。
「だとしても、仕方ない何かがあったのだとしても。この国だけは忘れてはならなかった」
「……お前といい、あのアガルベリダといい……どうしてこの小さな国に現れた。一体、この国に何があるというんだ」
問うセイルの前で、ストラレスタは剣を鞘に納める。
「それすらも伝わっていないか。だが、良い。もうお前についてはある程度理解した」
「何……?」
「セイル。お前は確かに人間の英雄だ。私とこれだけ打ち合えている事、驚嘆に値する」
「ふざけるなよ。今ので分かったつもりか」
「ああ。最弱の人間とは思えぬ身体能力だ。誇っていいと思うぞ」
理解した。セイルは、ウルザは理解した。
完全に見下されているのだと。大人が子供をあやすような……いや、もっと酷い。
どうしようもない相手を適当にいなすような、そんな感覚なのだと。
そう理解した瞬間、セイルも剣を鞘に納めていた。
「さて、約束だったな。何が聞きたい?」
「そうだな」
微笑を浮かべるストラレスタに、セイルは近づいていく。
目の前まで。剣を抜くには近すぎるその距離まで、セイルは近づいて。
ストラレスタの顔面に、全力で拳を叩き込んだ。
「ぐ、ばっ……!?」
避けきれずに吹き飛んだストラレスタは立ち上がろうとして……しかし、膝が笑っている自分に気付く。
「とりあえず、今の拳の感想を聞きたいな。今俺がその気だったら、どうなっていたと思うかについても……な」
「ぐっ……!」
「何度でも言うが、何も分からない俺にはお前達の憤りは理解できん。だからこそ、対等な立場での相互理解は重要だと思っている」
「それがコレか……!」
「納得させろと言ったのはお前だストラレスタ。考え得る限り、最も平和的な手段で俺の実力を伝えたつもりだが」
半分呆れたように、しかしもう半分は感心したようにウルザは口笛を吹く。
セイルの言っている事は詭弁に近い。何しろ不意打ちに近い一撃だ。
だが、元々そういう手段で実力を測りに来たのはストラレスタの方が先だ。
となれば……ウルザの基準では、これでお互い様というところだ。
「……フン。知らない間に人間の精神はドワーフ寄りになっていたようだな」
「ドワーフ……」
エルフがいるのだ。ドワーフがいてもおかしくはない。
セイルはそんな納得をするが……そんなセイルの考えを知るはずもないストラレスタは、ゆっくりと立ち上がる。
「我々ライトエルフ、そしてダークエルフ。ドワーフに獣人、蟲人、巨人……そして精霊と魔族。これがお前達人間が忘れ去り、国と共に帰還した種族だ」
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