激震する世界10
「魔族……!?」
その言葉に、ウルザが反応する。
それも仕方ないとセイルは思う。魔族はカオスディスティニーにおける人間の天敵だった。
それは王国の人間ではないウルザであっても変わらない。
「魔族に反応した……? 全ての知識が失われているわけではない、のか……?」
「そこは俺達の特殊な事情がある。魔族というのは……ゴブリンやオークを含む、という考えで良いか?」
魔族。それがカオスディスティニーと同じモノであるならば、恐るべき敵だが……確認するようなセイルの問いに、ストラレスタは頷いてみせる。
「ああ。そのくらいは知っているようだな。まあ、かつて自分達を滅ぼしかけた相手だ。流石にそのくらいは……な」
考え込むウルザをそのままに、セイルはストラレスタへと向き直る。
魔族についてもそうだが……もっと気になる事がセイルにはあったのだ。
「……先程、「国と共に」と言ったな」
「ああ」
「どういう意味だ」
国。それは単位でもあるが「形」でもある。
通常「国」とは、そこに住む国民と……その国民の住む「国土」を示す。
王と国民だけでは「国」は成り立たないのだ。
「そのままの意味だ」
セイルの問いに、ストラレスタは何でもない事のように答える。
「だからこそ、この国の存在は重要になる。何故なら……グレートウォールが世界を分かつ前、人間の安定した生存領域は、この国しか無かったのだからな」
「それでは答えになっていない。その頃は知らんが、今では人間の生存領域は」
「そんなものは知らん。勝手に広がったというのであれば、今頃「運の悪い場所」では崩壊と混乱の最中だろうよ」
崩壊と混乱。それは人間と他種族の戦争が始まっているという意味なのか、それとも。
「地図も太古のものに戻るだろう。そこからどう変化するかは分からんが、私も長く国を空けているわけにもいくまい」
「待て、それは! それは、まさか……今ある場所に過去の国が顕現するとでも言っているのか!?」
「そう言っている。人間は与えられた猶予を……神の慈悲を無為に消費した。そして、これから全ては本来の流れに戻る」
だとすると、今世界地図は大きく変化しているということになる。
そして、それは。アンゼリカの言っていたキングオーブとその力を使い作られたネットワークの消失にも繋がるだろう。
それは、今の人間にとってはあまりにも巨大な損失だろう。
「……せめてもの慈悲に、この国の毒は排除しておいた」
「毒、だと?」
「ああ。ダークエルフと契約した毒婦が居ただろう。ああいうのは生かしておいてもロクな事にはならんのでな。とりあえず処刑した。なに、感謝は要らんさ」
その言葉一つで。セイルは、ライトエルフとの……あるいは、ストラレスタとの決定的な価値観の差を自覚する。
セイルをある程度認めて尚、ストラレスタは人間を見下している。
ライトエルフと人間が同列の生き物であるなどとは、少しも思ってはいないのだ。
「……殺す事は無かった」
「殺すしか無かった。どうやっても矯正できぬ生き物というのは、稀に出るものだ」
「それがお前と同じライトエルフでも、同じ事を言えるんだな」
「同じ台詞を返そう、セイル。お前だって、森に潜んでいたダークエルフを殺したんだろう?」
その言葉にセイルは思わず黙り込む。
そうだ。あれも、そうするしかなかった。
いや、本当にそうだろうか? 殺さずに捕える道も……あるいはあったのではないだろうかと。
そんな事をセイルが考えてしまった隙に、ストラレスタはフードを被り身を翻す。
「殺すしかないんだ、人間の英雄セイル。お前は確かに強いかもしれん。お前の仲間もそれなりではある。だが……戦争は、そんな少数では出来ないぞ? お前達以外の多くの人間は、また死に続けるだろう。そして、お前の仲間も……お前自身もな」
「……」
「殺さないでも見える道などというものは、強者の驕りだ。そんなものなど無いと、すぐに理解できる」
言いながら、ストラレスタは歩き去っていく。
「俺とお前も、戦場で会えば……今度は殺し合いだ」
ストラレスタの行く先に、複数の顔を隠した何者か達が現れる。
ストラレスタ同様に、目深にフードを被った彼等がライトエルフであろう事は、セイルにもウルザにも簡単に想像できた。
「ああ、そうだ。さっきのゴミ掃除の件だがな。私がやったと伝えてもいい。それで騒ぎに決着はつくだろう?」
「……そうか」
「ああ。ではな、人間の英雄セイル。神の慈悲は尽きた。月も間もなく、その魔力を地上に届け始めるだろう。我等はすでにお前達を支配する気も無いが……どうしてもというのであれば、いつでも従属は受け付ける。そう王に伝えるがいい」
そう言い残して、ライトエルフ達は魔法によるものか、ゆらりとその姿を消す。
そして姿だけではなく気配すらもなくなった時、ウルザが「おととい来やがれくらい言ってもよかったんじゃないの?」と責めるようにセイルに囁く。
「今それを言ったところで、アイツはカラスの鳴き声程にも気にしないだろう。人間自体を、完全にナメてるからな」
「言う事に意味があるのよ。分かってないわね」
そう言って、ウルザはセイルの肩をどつく。
「あっちの世界に居た頃に比べると良く喋るけど……そういうとこはダメね、貴方」
「そ、うか。なら次会った時に土産付きで叩き返す事にでもするか」
「期待はしないでおくわ? それより城に戻りましょ。さっきのアイツの戯言が本当なら、今頃世界は大変な事になってるはずよ」
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