激震する世界8

「……!?」


 一瞬遅れて気付いたセイルが振り向く。

 ウルザが掴んだ腕の主は、フード付きのマントを着込んだ細身の……恐らくは男。

 目深に被ったフードのせいで顔はほとんど見えないが、かなりの美形である事が伺える。

 色白の肌は、まるで日に焼けていないかのように白く美しい。

 白銀色の、丁度アミルの着ているミスリル鎧と同じ輝きを放つ胸部鎧と腰に差した剣を見るに、冒険者の類であるようにも思えた。

 だが……次に放たれたウルザの言葉に、セイルは戦慄する。


「こんなにすぐ来るなんてね……私をナメてるのかしら?」

「そんな事はない。お前であれば私にすぐ気付くだろうと思っていた。問題は……」


 フードの中から、鋭い視線がセイルへと向けられる。


「お前だ。恐らくはお前で間違いないと思うが……期待外れだな。私がその気だったら、どうなっていたと思う?」

「お前は……そうか。お前が「そう」なんだな?」


 この状況でこの会話。顔が見えずとも誰であるかはセイルにも充分すぎる程に理解できた。


「場所を変えよう。声が周囲に聞こえないように魔法をかけてはいるが……互いに目立つ事くらいは承知しているだろう」

「のる必要はないわよ、セイル。何を仕掛けてるか分かったものじゃないわ」

 

 確かに、セイル達の会話を周囲の誰も気にした様子はない。

 ならば見られる事すら厭うような会話をするつもりなのだろうと、セイルはそう予測する。

 そう考えると、ウルザの懸念は正しい。

 正しいが……セイルは迷いなく「ああ、行こう」と答える。


「セイル!?」

「こいつがどういうつもりかは知らないが、わざわざ「殺す気はない」と明言してきたんだ。それに……」


 そこで、セイルはウルザに不敵な笑みを浮かべてみせる。


「俺が、正面からの戦いで負けると思うか?」


 セイルの言葉は多少の強がりと……先程の意趣返し。

 しかし、それは男のプライドを僅かばかり刺激したようで、男は口元をピクリと動かす。


「言ってくれるな。虚勢だけは一人前と見える」

「試してみるか? 言っておくが、仲間の借りがあるんだ。俺はお前に手加減する理由はないぞ?」


 互いの手が腰の剣に伸びかけ……しかし、男の方が先に両手をあげる。


「……いや、やめよう。此処で争う気はない」

「襲撃犯の分際で言うじゃないの」

「それも含めて話があるということだ」

「ウルザ」


 セイルの一言に、ウルザは溜息をつきつつも「分かったわよ」と答える。


「で、何処行くのよ?」

「適当な路地裏で良いだろう。誰もが赤の月を恐れて出ては来るまい」


 身を翻し歩いていく男の後をセイルが歩き……仕方なさそうにウルザがその後を歩く。

 そうして誰も居ない路地裏へと入っていったセイル達の前で、男は「さて」と呟く。


「自己紹介させて貰おう。私はライトエルフの英雄、ストラレスタだ」


 言いながら、男はフードを外す。

 その中から現れたのは、金の髪と青い目、そして……特徴的な長い耳を持つ男の姿だった。


「この町から離れた森の中で、巨大な闇の魔力が崩れた気配がした。やったのはお前だな?」

「ダークエルフの事か? 仲間だったか」


 セイルがそう問いかけると、ストラレスタはその端正な顔を不快そうに歪める。


「ダークエルフと、我等ライトエルフが……か? 悪趣味な冗談だ」


 そう吐き捨てると、ストラレスタは「ああ、そういえば」と呟く。


「恐らくは人間の英雄よ、私はまだお前の名乗りを聞いていないぞ」


 なるほど、確かに答えてはいない。

 セイルは「そうだな」と言うと……一歩前に出て、ストラレスタと睨み合う。


「俺はセイルだ。よくも仲間に手を出したな、ストラレスタ。戦う気がない? 期待外れ? 言ってくれるじゃないか。「そう」と分かった瞬間に殴らない俺の理性に感謝しろよ」

「フ……」


 セイルの怒りを受けて、ストラレスタは微笑を浮かべ僅かに下がる。


「仲間に手を出した事は謝罪しよう。しかし、場合によっては必要な手段だった」

「誰もがそう言う。「あれは必要だった」ってな」

「ああ、言うとも。人間の絶滅と天秤にかけるなら、僅かな被害は許容されるべきと私は思う」


 人間の絶滅。その言葉にセイル達は反応する。

 やはり、この男……ストラレスタは何かを知っている。

 聞き出さなければならない。そう考えセイルが口を開く前に、ストラレスタの言葉がそれを遮る。


「人間は全ての種族の中で最弱だった。今もそのままなのであれば、恐らくは私達の保護下でのみ生き残れる。そう、考えていたのだがな」


 その傲慢な台詞よりも、何よりも。ただ一つの単語がセイルの頭の中で響く。


「……全ての種族、だと?」


 ライトエルフ、ダークエルフ、人間。

 この三つを指して「全ての種族」と呼ぶような、そんなことは有り得ない。

 ならば、ならば「全ての種族」に含まれる「他の種族」は何だというのか?


「待て。お前の言い様では、まるで……他にも種族が居るように聞こえるぞ」

「居るとも。まさかとは思うが「知らない」と言うのではないだろうな?」


 冗談交じりのストラレスタの言葉、セイルはゆっくりと首肯し肯定してみせる。


「この国の人間は、お前達エルフですら知らない。ひょっとすると、世界中の人間が知らないかもしれないな……」

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