激震する世界7

 ウルザに急かされるままに、セイルは二人で城を出る。

 何やら男連中が面白い顔をしていたようにも思えるのだが、きっと気のせいだろう。

 そんな事を考えつつも、セイルは空を見上げる。

 すっかり日の落ちた空には赤い月が浮かび、地上を照らしている。

 何処となく心に訴えかける何かがあるような輝きはしかし、町の人々には不安しか齎さないのだろうか。

 この時間であれば出歩いている者が多い町中には、ほとんど人の姿がない。

 露店も早仕舞いしているのか近くには無く、寂しい印象すらセイルには感じられた。


「……赤い月、か」

「私達の世界にはなかったわね」

「ああ」


 ウルザに相槌を打つと、セイルは月から視線を外す。

 気にはなるが、これ以上考えても仕方はない。


「で、何処行くんだったかしら?」

「冒険者ギルドだ。カードの討伐データを調べに行く」


 ダークエルフについて記載されている事を期待してのものだが、そう上手くいかないかもしれないとセイルは思っている。

 アガルベリダが呪術でベイルティタンに変化した事で、討伐記録もそうなっているかもしれないと……そう考えているからだ。


「討伐データ、ねえ。便利すぎる機能よね」

「そうだな」


 わざわざ証拠を持ち帰らずとも、倒した証拠がカードに残る。

 それはこれ以上ないくらいに便利だ。余計な荷物が増えず、思う存分「討伐」が出来るのだから。


「……ああ、確かに便利だ。そういう風にしか使えないし、捗るように出来ている」

「何か思うところでもあるの?」

「いや。わざわざそういう風に作る理由が何処に在ったのかと思ってな」


 何かしらの理由はあるはずだ。しかし、それも今考えても仕方のないことではあるのだろう。

 頭の中から考えを振り払いながら、セイルとウルザは道を歩いていく。

 誰も居ない道は静かで、建物の扉も多くは閉ざされている。

 露店だけではなく、通常の店舗もほとんど閉まっているようだった。

 そんな静寂に満ちた空間を歩きながら、ウルザは「そういえば」と口にする。


「前々から頼まれてた「無属性」についてだけど、王城の書庫にあったわよ」

「……いつの間にそんな事を」

「幾らでも時間は捻出できるわ。で、聞きたい?」

「ああ」


 この無音の空間がどうにも居心地悪かったのだろうか、そんな風に話題を振ってくるウルザにセイルも頷いてみせる。


「簡単に言うと、生まれ持った魔法の適性の話みたいね」


 魔法属性。

 世界は全ての属性を内包し、生き物はどれか一つの属性を授けられ産まれてくる。

 すなわち光、闇、火、水、風、土。

 授けられた属性がすなわち本人の内包する魔力属性であり、使える魔法の属性にも強く関わってくる。

 その中でも特に希少なのが光と闇である……ということらしい。


「無属性というのは?」

「才能無しってこと。どの魔法にも適性を持たないってことだけど、実際には「得意な魔法がない」っていう話らしいわね」

「ふむ……思ったより大した話じゃないな」

「そうね。たぶんだけど才能無し、の部分が大きく誇張されたんだと思うわよ?」


 そんなウルザの言葉にセイルは軽く頷いてみせる。

 しかしそうなると、セイルやアミルでも魔法を覚えられるということでもあるだろう。

 それにどの程度の意味があるかは分からないが……あるいはイリーナにこの世界の魔法を覚えさせることで戦術の幅も大きく増えるかもしれない。


「その魔法の習得に関しては? 魔法屋だの魔法学校だのがあるのか?」

「私塾があるらしいわね。どこぞの自称大魔法士の弟子になって云々ってやつよ」

「面倒だな」

「現実的じゃないのは確かね」


 セイルの考えていた事が分かっていたかのように、ウルザは肩をすくめる。

 

「イリーナに新しい魔法を覚えさせたいのは分かるけど。この世界の魔法を学ぶよりはクロスに教えさせた方がいいと思うわよ?」

「クロス? 何故だ?」

「何故って」


 キョトンとした顔でウルザは足を止めセイルの顔を覗き込む。


「どう見てもあの子、魔法学校で正規の魔法教育受けてるでしょ? 違うのかしら?」

「あー……」


 言われてセイルはクロスの個人設定を思い出す。

「リオネル魔法学園」の問題児。それがクロスという召喚士の設定であった。


「そういえば、そうだったな」

「しっかりしなさいよね」


 呆れたようにウルザに言われ、セイルは「そうだな」と苦笑する。

 今までその可能性を思いつかなかったというだけでも問題はあるが、ゲーム的な知識からセイルがまだ脱却しきれていない証拠であるのかもしれない。


「……まあ、クロスには後で話を聞くとして……」

「騒がしいわね」


 言いながら、セイルとウルザは足を止める。

 何やら騒ぎが起こっているのは、どうやら冒険者ギルドのようだ。

 ギルドの周囲にいる冒険者らしき男達の一人の肩をセイルは叩き「何があったんだ?」と問いかける。


「ん? お、おう。俺達もなんだかよく分からねえんだが、副支部長のババアが殺された……らしい」

「殺された……? 誰にだ」

「分かんねえよ。殺されたのだって、俺が見たわけじゃねえし別の奴から聞いただけだ」


 疑問符を浮かべるセイルの肩に手を置いて、ウルザがひょいと伸びあがって遠くを見る。


「あー……なんか兵士だか騎士だかっぽいのが入り口封鎖してるのね。それでこんなことになってるんだわ」

「なるほど、な」


 下手に突っかかって不利益を被りたくは無いが、このまま冒険者ギルドに入れないのも困るし事件の道行きも気になる。

 そんな感じで集まっているのだろうとセイルは想像する。


「どうするの? このままじゃギルドには入れそうにないわよ?」


 セイルの肩から手をどけたウルザに「そうだな……」とセイルは考えるように頷く。

 ブラックカードを提示して中に入れて貰う事も出来るかもしれないが、悪目立ちするだけだろう。

 それにしても、何故副支部長が殺されているのか。そんな答えの出ない疑問を抱いたセイルの肩を後ろから叩こうとした誰かの手を。

 振り向かないままに、ウルザが掴んだ。

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