激震する世界6

 訪れた部屋は立派なもので、恐らくはそれなりの身分の者の為の部屋であると伺わせるものだった。

 男女別の部屋の為、今セイル、そしてオーガンがいる部屋は男部屋であった。

 アミルとイリーナは女部屋に向かっているが……後でセイルもそちらに向かうつもりではある。


「……なるほどな。やはりエルフだったか」

「俺も向こうの世界で何度か見たような気がするだけですけどね」


 ベッドから身を起こしたエイスは、溜息をつきながらそう語る。

 どうやらエイスは最初に電撃の魔法の一撃でやられてしまったようで、ほとんど状況を知らないのだという。

 しかしガレスはそこそこ粘ったようで、奥のベッドでオーガンの回復魔法を受けていた。


「面目ありませんセイル様。折角あれ程までに強化した装備を受け取ったというのに……」

「いや、仕方ない。まさかエルフが出てくるなどとは俺も思っていなかった」


 カースゴーレムの件を受けて強化したガレスの防御力は相当のものであったはずだ。

 それを倒すようなエルフはどれ程強かったというのか。


「……これは、自分の体感になりますが」

「ああ、聞かせてくれ」

「エルフは確かに強かったですが、敵わないと思う程ではありませんでした」


 ガレスの言葉を否定せず、セイルは「そうか」とだけ言って頷く。

 真面目なガレスがそう言うからには、確かにそうではあるのだろうと思うからだ。


「なら、負けたのは相手の数が原因か?」

「というよりは、ライトエルフの英雄を名乗ったあの男が原因であったように思います。まるでセイル様といる時の我々のような何かを連中からは感じました。そして、あの男自身も強かった……」

「……ふむ」


 そこから想像できるのは、セイルの「王族のカリスマ」……あるいは「統率」のようなアビリティだ。

 そういった能力をライトエルフの英雄とやらが持っている可能性は充分にあるだろう。


「ガレス」

「はい」

「お前の目から見て、俺はそいつに勝てると思うか?」

「分かりません」


 セイルの質問に、ガレスはそう答える。

 勝てる、でも勝てない、でもなく「分からない」と答えた。

 それは文字通りの意味なのかもしれないが……あるいは「答えたくない」という意味が含まれているのかもしれないと、セイルはそんな事をチラリと思う。


「……ですが」

「ん?」

「あの男がセイル様程に強いのであれば、今頃自分は生きてはいないでしょう」


 しっかりとした意思を込めたガレスの言葉に、セイルは僅かに口元を緩める。


「そうか。参考になった」

「いえ、大した事も言えずに申し訳ありません。ウルザ殿であればもう少し何か……」

「勝てないと思うわよ?」


 聞こえてくたウルザの言葉に、全員がドアの方角を見る。

 そこにはいつの間に入ってきたのかウルザが壁に背中を預けて立っていた。


「もう平気なのか?」

「ええ。明らかに手加減されてたもの。殺すつもりはなかったんだと思うわよ?」

「手加減……?」

「馬鹿な!」


 声を荒げるガレスにウルザは煩そうに耳を塞ぐポーズをすると、ふうと息を吐く。


「たぶんだけどアイツ、セイルと同格だと思うわよ。それに……流石にその「王剣」程の武器を持っているようには見えなかったけど、着けていた武具はかなりの上物よ?」

「上物、か」

「ええ。こっち基準で言うなら、配下の連中が着けていたのは最低で星2。アイツのは最低で星3ってとこかしらね?」


 中々に恐ろしい話だ、とセイルは思う。

 もしそうだとすると、ガチャ産に匹敵する武具をエルフ達は持っているということになる。

 それを自分達で作る技術を持っているとなると……人間側に関しては、少々危険な話になりかねないだろう。


「手加減というのはどういう意味だ? こっちで会ったダークエルフは殺す気満々だったが」

「さあ、事情が違うんじゃないの? アイツ、私に「これだけの者達が育っているならあるいは……」とか言ってたわよ?」

「……」


 なるほど、話を聞いているだけでもアガルベリダとはかなり違う。

 アガルベリダはセイルが「人間の英雄」であろうと考えた上で殺し合いを望んだ。

 しかし、ライトエルフの英雄ストラレスタはそうではない。

 確かに振り返ってみれば、騎士達にも死者が出たという話をアンゼリカからは聞いていない。


「襲ってきた以上は味方とも思えないが……」

「そうね。でも「味方じゃない」には幾つか種類もあるわ」

「そう、だな」


 敵の敵。

 敵ではないが味方でもない。

 あるいは、完全に中立。

 手を出してきた以上は中立であるとは思えないが、少なくとも出会うなり殺し合いを望むような相手では無さそうだとセイルは思う。

 しかし、そうだとしても。


「どちらにせよ、今回の礼はするが……な」

「あら、そんな熱い性格してたかしら貴方?」

「仲間を傷つけられて笑顔で握手をする程大人じゃないって事かもな」


 殺し合いなどとは言わないが、相応の目にあわせてやりたい。

 そんな事を考えるセイルの背中に、ウルザがぎゅっと覆いかぶさってくる。


「なら、大人になりなさい。あるいは心の中だけでぶん殴りなさいな」

「……ウルザ?」

「頭の中で八つ裂きにしていても、顔では笑って握手する。そういう判断をするのが貴方の役目でしょう?」

「だが」

「だが、は無しよ……まったく、私暗殺者なのよ? こういうのは、そこのクソ神官の役目でしょうに」

「ハッハッハ。ワシなら「ぶん殴ってしまいなされ。神もお許しになるじゃろう」くらいが関の山じゃのう」


 カラカラと笑うオーガンに、ウルザはチッと舌打ちをする。


「分かるでしょう、セイル。なんでか分からないけど、エルフが出た。なら、他の連中だって居るかもしれないのよ」

「……ドワーフと獣人か」


 カオスディスティニーに居た、やはりこの世界には居ないものと思っていた種族の名をセイルは口にする。


「魔族もよ。この世界のエルフが私達の知るエルフと同様の気質を備えているのなら、完全に敵に回すのは得策ではないわ」


 セイルが黙り込んだのを見て、ウルザはセイルをぎゅっと抱きしめる。


「許せないと思ってくれてるだけで充分よ、セイル。たぶん他の連中もそう言うわ」

「……そうだろうか」

「そうよ。貴方は大局を見なさい。貴方がそうしてこそ、私達は安心して動けるのよ?」

「まあ、そうですねえ。俺は考えるの向いてませんし」

「同意します。自分達はセイル様の示す方向へと向かうのみです」

「その考えもどうかとは思うが、大局を見よという点については賛成かのう?」


 エイスの、ガレスの、そしてオーガンの同意を受けて、セイルは「……そう、か」と呟く。


「大局を見る、か。確かにそれは俺がやらなければならないことだな」


 一兵卒ではない。あの少年神の望む英雄……いや、ウルザ達と共に歩む「セイル」として、それはセイル自身に課せられた責務であるとも言えるだろう。

 考え、先を読み……行く先を見定め、動いていかなければならない。


「ありがとう、ウルザ。それと皆も。少しばかり、目が覚めた気分だ」

「おはよう、とか言ってほしいかしら? それとも目覚めのキスでも要る?」


 冗談めかしてそんな事を言うウルザに、セイルは苦笑する。


「いや、いい。とりあえずは頼まれ事も果たしてこないといかんしな」

「ついて行くわよ?」

「いや、お前は休んでいるべきだろう」

「嫌よ。何頼まれたかは知らないけど、単純頭のアミルよりは役に立つつもりよ?」


 ウルザは「さ、アミルが戻ってくる前に行きましょ?」と。

 そう囁いて、セイルへと悪戯っぽい笑みを見せた。

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