激震する世界4

「英雄……英雄、か」


 アガルベリダは、セイルを「人間の英雄」だと言っていた。

 それはやはり、何か特定のものを表す言葉だったのだ。


「こうも言っておった。「お前達ではない」と。落胆したようなあの顔を思い出すと、未だに腹が立つ」

「そいつは、誰かを探しに来たのか」

「うむ。妾を殺しに来たのかと思っていたが……あれは、試しに来たのじゃろうな」


 そうでなければ全員を生かしておく必要がない、とアンゼリカは呟く。


「まあ、妾は試すまでもないと思われたようじゃが……」

「そ、うか」


 今すぐにでも仲間の元へと飛んでいきたいと、そんな衝動をセイルは抑えつける。

 エルフの英雄ストラレスタ。そんなものがこの場に出てきた事は予想外ではあったが、セイルの目算がまたしても甘かった事の証明でもあった。

 とはいえ、たとえ星3の装備を最大レベルまで上げていたところで通用したかは不明ではあるが……。


「それでセイル。お主が会ったのはダークエルフ、だったのじゃな?」

「ああ。黒い肌に長い耳、ライトエルフとどのような関係かまでは分からないが外見は似ているな」

「うむ……グレートウォール、という単語については?」

「聞いた。それが何か知っているのか?」

「いや、知らぬ。あるいは父上なら知っていたかもしれぬが……」


 言いながら、アンゼリカは悩むように目を閉じる。


「……あ奴は、妾が全てを知っておる前提で話しておった。ならば、それは王族に伝わる何かであったのかもしれぬ」

「それは、グレートウォールについてか」

「うむ。いや、あるいはそれ以外の全てについてかもしれぬな。そもそも、ライトエルフもダークエルフも妾は知らぬ。あ奴等は、何処から湧いて出た? グレートウォールが崩れて現れたというのであれば、それは何処にあった?」


 そう、それが問題だ。

 この世界の地理に明るくないセイルが知らないというだけであれば問題はなかった。

 広い世界の何処かにそんな壁があっても何もおかしくはない。

 しかし、しかしだ。

 一国の姫であり王となったアンゼリカが知らないというのは……それは。


「お前にも分からないのか」

「聞いたこともない。これが妾、あるいはヘクス王国の無知故であれば良いのじゃが……」


 なるほど、ヘクス王国にはない知識でも、ヘクス王国を囲む大国であれば知っているのかもしれないとセイルは思う。

 恐らくだが、今回の件は想像も出来ない程に大きい。

 出遅れが致命傷になるような、そんな何かだとセイルは予測していた。

 しかし、取っ掛かりがない。


「一つ聞くが、エルフと呼ばれる連中は……アンゼリカの知る限りでは、居ないんだな?」

「居れば知っておる。あんな特徴的な耳、何処かで誰かが見れば確実に噂になるからの」

「……確かに、な」


 となると、やはりエルフは何処かから突然現れたのだ。

 グレートウォール。そう呼ばれる正体不明の何かの向こうに彼等は居た。

 そして彼等には「英雄」と呼ばれる存在が居る。


「英雄、についてはどうだ?」

「自分で英雄を名乗るとは自信家じゃがの。言うだけの事はあったぞ」


 やはり、と思う。「英雄」という単語自体のアンゼリカの認識は以前のセイルと同じだ。

 しかし、エルフ達にとってはそうではない。

 英雄とは特別な何かであり、しかし強者を指している事だけは間違いなさそうだ。


「……アンゼリカ」

「ん? なんじゃ?」

「現状認識については、これで全てか?」

「うむ。今のところは、の。これからしなければならん事は山のようにあるが、まずはお主の無事を確かめておきたかった」


 エルフの英雄とやらがセイルの所に行っていないかを危惧していたアンゼリカではあったが、無事であった事に安堵する。


「そうじゃセイル。お主の会ったダークエルフとやらは……」

「倒した。どうやら、この町の冒険者ギルド支部長に呪いをかけていたようだがな」

「……それについてはまた後で聞きたいところじゃが……ふむ。そういうことであれば一つ、頼んでもよいか?」

「頼み、か?」

「ああ。お主の冒険者カードの討伐内容をギルドで照会してきてほしい」


 そんなアンゼリカの言葉に、セイルは疑問符を浮かべる。

 討伐内容。そういったものはギルドカードに記録されるのはセイルも知っている。

 しかしまさか、ダークエルフがそこに出てくるとでもいうのだろうか?


「ダークエルフの事を期待してるなら、無理じゃないか? 流石に今まで存在が確認されていないものが出るはずも……」

「いや、恐らくだが……出るはずじゃ。もし奴等が、奴等の名乗る通りの者であったのなら……の」

「どういう意味だ?」

「簡単なことじゃ。冒険者ギルドの業務の根幹にある魔法。それは各王家の抱える機密に関連するものでの?」

「ひ、姫様。それは……!」

「黙れ、大臣」


 慌てて止めようと口出しした大臣を一言で黙らせると、アンゼリカはセイルを見据えたまま告げる。


「神智の欠片、あるいはキングオーブ。世界全ての王家に神が授けてくださったと言われる至宝にして王権の確かなる証。神の知識の一部が収められていると伝えられるソレを利用して冒険者ギルドは成り立っておるのじゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る