北メルクトの森3
「さて、人間の英雄よ。改めて名乗ろう。私はダークエルフの呪術士、アガルベリダ。こちらの英雄ではなく私などが最初の相手であることは謝罪しよう」
そんな事を言いながら、アガルベリダと名乗ったダークエルフは頭を下げる。
だが、セイルの頭の中は混乱で満ちている。
一体何を言っているのか。
英雄。英雄とは、あの少年神も言っていた言葉だ。
英雄として振る舞えと、あの少年神はそう言っていたとセイルは思い出す。
しかし、しかしだ。
「英雄として振る舞え」というのが、もし「英雄がやるような行いをしろ」という意味でなかったのなら。
文字通り「英雄」という存在である事を自覚し振る舞えという……そんな意味であったのなら。
「……俺がその英雄とやらだと、どうして思う」
「知れた事。脆弱な人間の中にあって我等と渡り合える者。それが人間の英雄で無くてなんだという」
どうやら「英雄」という単語はアガルベリダの中で特別な言葉であるらしい。
しかし……セイルはその言葉の意味を知らない。
「人間の英雄よ、名乗るがいい。私とお前が、始まりとなるのだ」
「……セイルだ。アガルベリダ、どうやらお前には聞く事がたくさんありそうだが」
「知りたければ私との決闘で勝つがいい、人間の英雄セイル」
「そうか。アミル……手を出すなよ」
「は、はい」
アミルがイリーナ達のところまで下がったのを確認すると、アガルベリダは満足そうに笑う。
「良い覚悟だ……ゆくぞ!」
アガルベリダが杖を構え、それに応えるようにセイルがヴァルブレイドを構え直す。それが、開戦の合図。
「まずは小手調べだ。これをどう捌く!」
アガルベリダが杖で地面を叩けば、地面から拳大の大きさの黒い金属の塊が飛び出す。
それは、あの時のカースゴーレムのコアと同じような何か。
「出でよ、カース……」
アガルベリダがそれを唱え終わるより早く。コアへと迫ったセイルのヴァルブレイドがコアへと振り落とされる。
ギイン、と。切り裂かれたコアが地面へと転がり、アガルベリダは驚愕の声をあげる。
「なんと……!」
「甘いな」
「くっ! シルエット!」
接近してきたセイルのヴァルブレイドを回避し、アガルベリダはシルエットの魔法を放つ。
地面より伸びあがった黒い人型の影をセイルはサイドステップで回避し……しかし、その時にはアガルベリダは魔法によるものか驚くべき跳躍力を発揮し、巨大な黒い宝石の上へと降り立つ。
「まさか召喚より先にコアを斬るとはな。そんなにヤワではないはずだが」
「1度斬ったものだ。なら2度斬れない道理もないだろう」
正確にはあの時はカースゴーレムごとヴァルスラッシュで斬ったのだが、そんな事を伝える必要もないとセイルは多少のハッタリを込めて言う。
だが、アガルベリダはその言葉に楽しそうに笑う。
「……なるほど、言う通りだ。ならば、お前が斬った事がないものを用意しよう」
そう呟くと、アガルベリダは杖で足元の巨大宝石を叩く。
カースゴーレムのコアよりも、ずっと巨大な黒い宝石。
それが何かのコアであるならば……呼び出されるであろうものは、カースゴーレムよりも。
「させると思うか!」
「ああ、出来るとも! お前が斬ったコアと同じと思うな!」
セイルにそう叫び、アガルベリダは詠唱を始める。
「おお呪わしき黒き月の神よ、我が技をご照覧あれ! 今此処に貴方の名の下、理を打ち破らん!」
輝き始める黒い巨大宝石。
そこから生まれるであろう何かは、恐らくは強力無比な存在であるのだろうとセイルは思う。
呼び出されたならば、セイルどころかこの場にいる全員の力を合わせても……あの時のアミルとの協力技を発動させても尚倒す隙さえ見つからない、のかもしれない。
けれど、それを呼び出す前であるならば。
もし、呼び出す前の「これ」が簡単には斬れないのだとしても。
それでも、今のセイルの攻撃力の3倍のダメージを叩き出す、この必殺の技であるならば。
「ヴァル……」
セイルの剣に、光が宿る。
光が集い、輝きを放つ。
ギインと空気を震わせる音を響かせながら、ヴァルブレイドが輝く。
あらゆる全てを断たんと、世界へ咆哮をあげる。
「スラアアアアアアアッシュ!!」
左下から、右上へ。斬り上げるように放たれた光の斬撃が、黒い巨大宝石を揺るがせる。
「う、お……!?」
思わず詠唱を中断したアガルベリダが膝をつき、しかし無駄な事だと嘲笑う。
「は、ははは! そんな技を隠し持っていたとは驚きだが、このコアは……」
言いかけたアガルベリダの顔が、驚愕に歪む。
黒い巨大宝石に……何かのコアに深く刻まれた傷に、「まさか」という声が漏れる。
「馬鹿な……馬鹿な! カースドラゴンのコアだぞ!? こんな……うっ!?」
アガルベリダの視線の先。セイルのヴァルブレイドが、再び光り輝く。
「ヴァル……スラッシュ!」
「うおおおおおおおおお!?」
セイルのヴァルスラッシュが、再びカースドラゴン・コアへと叩き付けられる。
その一撃が再び大きな傷をコアへと刻んだその瞬間……カースドラゴン・コア全体に大きなヒビが広がり、音を立てて砕け散る。
「うおおお、おのれえええ! ならば、この命をかけてお前に呪いを……!」
「悪いが」
落下しながら杖を構えるアガルベリダの目に映るのは……落下したカースドラゴン・コアの大きな欠片を踏み台にして跳んだセイルの姿。
「そいつは受け取り拒否だ」
詠唱を妨害するようにアガルベリダにセイルの拳が叩き込まれ、凄まじい勢いでアガルベリダは地面へと叩き付けられる。
「が、はっ……!?」
やがてカースドラゴン・コアの欠片が降り注いだ地面へとセイルも着地し……地面に叩き付けられたまま動かないアガルベリダへとヴァルブレイドを向ける。
「お前の負けだ、アガルベリダ。お前の知っている事……全部吐いてもらうぞ」
「く、ふふ……。そうだな、勝者の当然の権利だ」
アガルベリダはそう言って笑い……しかし、その笑みを邪悪なものへと歪める。
「だが、その権利を私は踏み躙ろう。かつて踏み躙られた者の末裔として、お前達の権利を踏み躙ろう」
「何を言っている……? いや、お前は何を知っている!?」
「ハハ、ハハハハッハハハハハハハハ!」
ヴァルブレイドを突き付けられながら、アガルベリダは嗤う。
「受けよ、我が生涯最後の大呪術!」
闇の魔力がアガルベリダから吹き出し、セイルを弾き飛ばす。
「ぐっ……!」
「セイル様!」
駆け寄ってくるアミルを制し、セイルは目の前に現れたモノへ向けて剣を構える。
一瞬で目の前に現れた、巨大な闇の巨人。
輝く赤い両目が、セイル達を見下ろしていた。
「これぞ、大呪術ベイルティタン……さあ、人間の英雄セイル。今度は決闘などとは言わぬ。ただ死ぬがいい!」
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