北メルクトの森2
……そして。「その場所」に向かう途中には、ダークドールは一体も居なかった。
ゴブリンやウルフの死骸が転がってはいるが、それだけ。
けれど、進んだ先。
まるで斬り倒されたかのように木々が倒れたその場所に、1人の男が佇んでいるのが見えた。
目深にフードを被り、ローブを着込んだその男は……セイル達に背を向けたまま、宙に浮く巨大な宝石のようなものを見つめていた。
「あれは……! あれが闇の魔力を放ってるです!」
「ぐ、う……! 気を付けよ、セイル様! あのカースゴーレムですら、これ程の……!」
「ああ、分かる。アレは……ヤバい」
イリーナやオーガンだけではない。
セイルやアミルですら分かる、圧力にも似た濃い闇の魔力。
そんなものが浮かぶ闇色の宝石から放たれているのが分かる。
「セイル様、あれは……!」
周囲を素早く目線で探ったアミルの見つけたもの。
それはあの時冒険者ギルドで出会った勇者パーティの所持品と思わしき装備の一部だった。
特に、地面に突き刺さっている派手な剣はセイルもよく覚えている。
「それは、お前達の前に此処にやってきた「勇者」とか名乗っていた奴等の物だ」
セイル達へと振り向かないまま、ローブの男はそう呟く。
「多少は期待したのだが。結局、この辺りに蠢いていた盗賊共と然程変わらぬ。どうやら長き時は無駄であったとみえる」
「盗賊……」
それは間違いなく、王都周辺を荒らしていた盗賊団の事だろう。
今の台詞からすると、この呪術士らしき男が殺したように聞こえるが……。
「お前が支部長に呪いをかけた呪術士だな? てっきり、盗賊団と組んでいるものと思ったが」
「如何にも。こちらの目的に有用故、利用させてもらった」
そして、と呪術士は言う。
「盗賊共については、材料にさせて貰った。何やら賊行為以外の目的はあったようだが……私には関係のない話だ」
材料。それが何を意味するかは分からないが、ひょっとすると浮かんでいる黒い宝石と関わりがあるのかもしれない。
まあ、どうであるにせよロクな話ではないだろうとセイルは判断する。
「……依頼主は副支部長か」
「砂山で頂点を争ってもどうしようもなかろうにな。愚かしいものだ」
打てば響く、という言葉があるが……聞けば答えが返ってくる。
素直と言えば聞こえはいいが、正直気味が悪いとセイルは思う。
「何故私が斯様にお前の質問に答えるか疑問か?」
「……それも聞けば答えてくれるのか?」
「構わんとも」
皮肉混じりのセイルの問いかけに、ローブの男はアッサリとそう答える。
「何故なら、隠す意味がないからだ。お前が今の答えを持ち帰り何をしたところで、私には何の興味もない」
「討伐隊を率いてくるかもしれないぞ?」
「それならそれで良い。纏めて材料にしてやろう」
訪れる無言の空間。油断しないようにアミルが盾を構え、イリーナもオーガンも各々の武器を構えて。
セイルも、ヴァルブレイドを呪術士へと向けている。
ゴクリ、と。誰かが喉を鳴らしたその時……呪術士は「と、まあ」と呟く。
「お前達が此処に今まで来た連中と同じであれば、そう答えただろう」
その言葉と同時に、ピリッとした緊張感が場に走る。
「俺達には、違うと?」
「カースゴーレムを壊したのはお前達だろう」
セイルの問いかけを無視し、呪術士は振り返らぬままそう言い放つ。
「あの勇者とやらは自分達がやった風な態度をしていたが……あの程度でそれは出来ぬ。故に選別の為にドールを撒いたが、お前達はそれを突破してきた」
「……だとしたら、どうする」
あの自称勇者パーティが通った時にはダークドールは居なかった。
今更そんな何の役にも立たない情報を頭の隅に留めながら、セイルはそう問いかける。
「アレ等も同じような事を言っていたな。そして、私はこう答えた」
呪術士が、振り向く。
目深に被ったフードの下。色黒の肌が僅かに見え、その口が動く。
その手に持つのは、金属製の杖。先端に嵌った赤い宝石が輝いて。
「ならば、試してやろう……とな」
杖がセイル達に向けられる。その口から、魔法の言葉が紡がれる。
「シルエット!」
「ダーク!」
地面から持ち上がるように現れた黒い人型の影を、イリーナのダークが呑み込む。
互いに食い合い弾け消滅した魔法に呪術士はほう、と感心したような声をあげて。
「なるほど、今のは驚いた」
一気に近づき振るったセイルの剣を、呪術士は闇を纏わせた杖で受け止める。
そう。受け止めた、つもりだったろう。
「ぐっ……!?」
だが、すぐにその顔は苦痛と驚愕に彩られる。
杖を放棄し、素早く腕を引く呪術士。
杖が甲高い音を立てて地面に落ち、セイルの続けての一撃を呪術士は必死の表情で回避する。
「やあああっ!」
「くっ!?」
連携するように反対側から放たれたアミルの一撃を呪術士は懐から取り出した短杖で受け止め、フンと鼻を鳴らし短杖から闇の弾を放つ。
「そんなもの!」
アミルの構えたミスリルの盾に闇弾は弾かれ消えるが、それでもアミルは衝撃で一歩下がってしまう。
続けて呪術士はセイルを牽制するように同じ闇弾を放つが、こちらはヴァルブレイドに切り裂かれ消滅する。
「……なるほど、なるほど」
僅かに距離を……特にセイルを警戒するように距離をとりながら、呪術士は呟く。
その手には杖が浮遊しながら戻っていき……自分のすぐ真後ろに浮かぶ黒い宝石を背にするようにして含むような笑い声をあげ始める。
「は、はは……なるほど。ハハハ、ハハハ。なるほど、なるほど! ハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「なんだ……?」
その態度の豹変に、セイルもアミルも警戒を深め……しかし、呪術士はますます上機嫌に高笑いと化した笑い声をあげる。
「ハハハハハハハハハ! そうだ、お前だ。お前なのだな!? 今まであまりにも手応えがなかったから、存在しないものと思っていたのだがな!」
「何の話をしている……!」
「何の話、何の話ときたか! 此処まできて「それ」はないぞ、人間の英雄よ!」
呪術士のフードが、外れる。隠されていた顔が、露わになる。
「お前、は……」
セイルが、アミルが。
イリーナが、オーガンが……絶句する。
そこにあったのは、今までこの世界に居ないのであろうと思っていた姿。
「ダーク、エルフ……?」
黒き肌と、特徴的な長い耳を持つ種族。
ダークエルフが、そこに居た。
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