北メルクトの森

 そう、闇色の人形。

 ソレを評するには、そんな言葉以外になかっただろう。

 闇色の身体。人型でありながら人形であると分かるのは、関節が人間のそれではないからだろう。

 しかし実際の人形と比べてみれば、人形と評するのもまた違うと分かるだろう。

 何故なら、ソレには「関節」などという部位は存在しない。

 そして、人間ならあるべき顔もない。

 闇を粘土のように捏ねて造ったかのような出来の悪い玩具。あえて一言で言うならば人形であると。

 矛盾と妥協と否定と肯定の混ざり合った混沌。

 そんな「人形」がケタケタと笑い声をあげ、一本の剣を携えながら走ってくる。


「闇の魔力です……!」

「呪術士の玩具というわけか!」


 カースゴーレムの同類だと。そう判断したセイルは人形……仮にダークドールと呼称することにしたソレに向けて走る。

 わざわざ向こうの攻撃を待つ必要はない。

 ヴァルブレイドを振るい、ダークドールの剣持つ腕を斬り裂く。


「ケアッ……」

「トドメだ!」


 武器を失ったダークドールを、セイルは頭から真っ二つに斬り裂く。

 それと同時にパキンッと何かが割れる音が響き、ダークドールの姿が霧散する。

 後に残された小さな石のようなもの……真っ二つに割れたソレも、崩れるようにして消えていく。

 先程までダークドールが持っていた剣も霧散しており、まともな素性の剣ではなかったことをセイルに理解させる。


「……フン、これもこっちの呪術士の技というわけか」


 分類としてはクロスの召喚術とも似通った部分がありそうだとセイルは考える。

 少なくともカオスディスティニーの「呪術士」にはこんな技は無かった。

 だが、それ以上の考察をする時間はセイルにはなかった。


 ザザザ、ザザザと。複数方向から草踏む音が聞こえ、癇に障る笑い声が聞こえてくる。


「セイル様……!」

「同じタイプの呪物です!」

「ぬう、全方向から来よるぞ!」


 アミル達の声に、セイルは走りアミル達の近くへ戻る。


「アミル、オーガン!イリーナを囲んで円陣を組め!」

「はい! 方針は……」

「殲滅だ!」


 此処で突破しても、どうせ呪術士との戦闘の時にやってくるだろう。

 その時に背後を突かれるよりは、この場で倒してしまった方がいい。


「ケタケタケタケタケタ!」

「ケタケタケタ!」

「ケタケタケタケタ!」


 剣持つダークドール達が複数方向から飛び出してくる。

 顔の無い頭部から笑い声をあげながら、ダークドール達はセイル達へと向かってくる。


「ダーク!」

「キヒイッ!」


 イリーナのダークの魔法がダークドールの胴体を消し飛ばし、ダークドールが崩れ去る。

 闇属性であるだろうダークドールに、イリーナの魔法が通用している。

 その事実にセイルは僅かに笑みを浮かべながら自分の眼前のダークドールを切り裂く。

 同時にアミルもダークドールの剣をミスリルの盾で受け止めると、ダークドールを突き刺していた。


「キ、キヒ……」

「う、ああああああああ!」


 咆哮、一閃。ダークドールに突き刺した聖剣ホーリーベルで斬り上げるようにして、アミルの一撃がダークドールを真っ二つにする。

 パキンッ、と響く音がアミルの勝利を告げ、ダークドールを殴り壊していたオーガンが感嘆の声をあげる。


「はは、豪快なもんじゃのう!」

「言ってる場合ですか! 次来ますよ!」

「老体にゃキッツいんじゃがの!」


 アミルの言葉通り、草を踏む音も笑い声も終わってはいない。

 まるで森の中にいるダークドール全てがこっちに向かってきているかのような、そんな錯覚をセイルは感じていた。


「次、来るぞ!」

「ダーク!」


 イリーナの魔法が更に一体を消し飛ばすが、そんなものでは止まらない。

 ケタケタと笑いながらダークドール達が森の中から走り寄り、セイル達を害さんと剣を振るう。

 だが、こんなもので害されるわけにはいかない。

 強化した装備はセイル達を守り、ダークドール達を確実に殲滅していく。

 やがて草踏む音も不快な笑い声も聞こえなくなった頃……オーガンがふう、と息を吐く。


「打ち止めのようじゃの」

「周囲に呪物の気配はないです」


 そんなオーガンとイリーナの言葉にアミルがホッとしたような顔をして、セイルも剣を握る手を下へと下げる。

 倒した数は20か30か。ゴブリンと比べると数段上の強敵だが……あの自称勇者のチームは、こんな場所を通っていったのだろうかとセイルはそんな疑問を覚える。

 今のところ彼等の死体は見ていないから、生きてはいるのだろうが……。


「よし、先に進むぞ」


 こんな場所で休憩などしてはいられない。

 セイルの号令に全員が頷き、再び陣形を移動用のものに変えて進んでいく。

 その途中、やはりゴブリンのものと思わしき死骸も幾つかあったが……ダークドールにやられたと思わしき無惨なものも幾つかあった。

 そうしたモノに思ったよりも衝撃を受けていない事にセイルは自分の中で僅かな驚きを覚えていたが……今更な気付きではあっただろうかと自嘲する。


「セイル様?」

「なんでもない。それよりイリーナ……どうだ?」

「待ってくださいです」


 イリーナは周囲を探るように見回し……突然、ビクリと肩を震わせる。


「こ、れは……凄く強い闇の魔力です! あっちに……!」

「うむ、ワシも感じるわい……ちいと尋常ではないぞ、これは……」


 気圧されたかのように引きつった顔をするイリーナとオーガン。

 しかし、帰るという選択肢はない。


「……その方角でいいんだな」

「です。けど……」

「放っておく方が問題だ。違うか?」


 セイルのその問いかけに、イリーナは静かに頷く。

 カースゴーレムの事が尾を引いているのかもしれない。

 そんな事をセイルは考えたが……それでも、やる事は変わらない。


「イリーナ。俺は、お前に期待している」


 だから、卑怯だとは思いつつもセイルはそんな言葉をかける。

 奮起せざるを得ない言葉。そんな言葉を意図的に選んで。

 けれど、本気の意思を込めてセイルはイリーナにそう伝えた。


「……分かった、です」


 そして、イリーナもまたそう答える。


「やるです。やってやるです!」


 確かな意思の宿った光。それを見て、セイルは頷いて。


「セイル様。ワシには何かないんですかのう?」

「いい年なんだから、自力でどうにかしろ」

「酷いのう」


 実際自力で立ち直ってるくせに何を言うのか。

 からかい混じりのオーガンに無言の溜息を返すと、セイルは「その場所」へ向かうべく歩き出す。

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