北メルクトの森4

「くっ……往生際の悪い!」

「なんとでも言うがいい! 戦士にあるまじき恥は、この命と引き換えにお前を殺す事で消し去ろう!」


 アガルベリダの……いや、ベイルティタンの蹴りがセイルを襲う。

「ダーク!」

「くっ!?」


 だが、イリーナがすかさず放った魔法がベイルティタンの顔面に命中し、僅かにその動きが鈍る。

 そして、それだけの時間があればセイルが回避するには充分だ。

 それでも蹴りを止めるまでには及ばず、巨体に相応しいだけの威力を持った蹴りはセイルが一瞬前まで居た地点を地面ごと削り飛ばす。

 ゴウ、と響く風音にセイルは戦慄し、「まともに受けてはいけない類の攻撃だ」と認識する。


「は、はは! 避けるのが上手いな!」

「お褒めにあずかり光栄だ!」


 セイルは叫ぶと、もう一方の足へと向けて走る。

 確かに大きい。確かに強い。だが、そんなものはすでにカースゴーレムで経験している。

 所詮は「カースゴーレムより強くて大きい」という程度のもの。

 ならば同じタイプの敵ですでに予習は出来ている。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ぐうっ!?」


 セイルが足元に近づく、その直前。

 ベイルティタンから放たれた闇の魔力が衝撃波となって周囲を蹂躙する。

 それは正面に居たセイルを大きく退かせ、オーガンとイリスを守り盾を構えていたアミルに声をあげさせる。


「お前を近づかせる危険性は理解している……二度と私に近づけると思うな」

「……そうか」


 言いながら、セイルはチラリと背後へ視線を向ける。

 恐らくはカースゴーレムのダーククエイクと同種であろう今の攻撃。

 仮にダークウェーブと名付けるとして、衝撃波の威力自体はカースゴーレムよりも上だった。

 ……だが、耐えている。

 勿論アミルが盾を構えていた事や地震がないこともあるのだろうが、それでも耐えた。

 ならば、何も問題はない。

 そう考え、セイルは薄い笑みを浮かべる。


「……もし、今の攻撃が私の全力と考えているのであれば」


 ベイルティタンの目が、輝く。

 今までよりも強く、今までよりも赤く。


「甘いぞ、セイルゥゥゥ!!」

「くっ!?」


 文字通り光の速さで、放たれた光線がセイルを貫く。

 そして、その瞬間。痺れたような感覚がセイルを襲った。


「こ、れは……!」


 麻痺。そんな言葉が頭によぎったセイルを、ベイルティタンが見下ろす。


「私が何であるかを忘れたのがお前の……敗因だ!」


 そして、再びの蹴りがセイルを襲って。

 イリーナのダークも、セイルが麻痺していては意味がない。

 オーガンの回復も、麻痺には意味がない。

 駆け寄ろうとしたアミルは間に合わず、セイルの身体が宙を舞う。


「が、は……っ」

「セイル様ああああ!」


 バウンドし転がったセイルにアミルが駆け寄り、その身体を抱き起こす。


「くっ……」


 それでもヴァルブレイドを手放さなかったのは、まさに気合としか言いようがない。

 セイルは自分の身体が動くようになっているのを確認すると、痛む体を抑え立ち上がる。

 確かに大したダメージだが、問題なく動ける。

 強化した王族の鎧は、間違いなくセイルを守っていた。


「はははははは! 今のを受けて立つか! 流石だ、流石だなセイル!」

「そう簡単にやられるわけにもいかないんでな……」


 セイルの言葉を負け惜しみととったか、ベイルティタンは高笑いをあげる。


「セイル様……! アレを……!」


 アミルの言っている「アレ」が何かを察し、セイルは首を横に振る。


「……いや、アレはダメだ。近づく必要がある」


 アミルとの協力攻撃は、アミルと剣兵隊の突撃から始まる。

 カースゴーレムのような自動で動く相手ならともかく、確かな知能のあるベイルティタンには通用しない。

 ヴァルスラッシュも同じだ。近づけば必殺といっても、近づけなければどうしようもない。

 ならば、どうするか。


「ははは、はははははは! 万策尽きたか! 所詮人間! 英雄であってもこの程度ということか!」

「……」


 実際、どうするか。

 近づくのは無理だ。

 ベイルティタンは、セイルのヴァルスラッシュを警戒している。

 今は油断しているように見えても、近づけば即座に迎撃手段をとるだろう。

 近づけたとしても、バックステップやジャンプで避けかねない。

 カースゴーレムの時と同じ手は、使えない。


「……セイル様!」


 どうするべきかと悩むセイルに、イリーナの声が届く。


「私が隙を作るです!」


 そう叫ぶと同時に、イリーナはダークの魔法を放つ。

 ベイルティタンの顔面向けて放たれるダークの魔法は一瞬の目晦ましにはなっても、ダメージにはなっていない。

 強くなったイリーナの魔法攻撃力よりも、ベイルティタンの魔法防御の方が勝っているのだ。


「ダーク! ダーク、ダーク、ダーク!」

「くっ、この……!」


 ベイルティタンの衝撃波が放たれ、イリーナのダークを相殺する。

 届かない。イリーナのダークでは、ベイルティタンには届かない。

 それでも、イリーナはダークを放つ。無駄にも思えるその猛攻は、しかし。

 確かにベイルティタンに隙を作った。


「無駄、だあああああ!」


 ベイルティタンの再度の衝撃波が連続で放たれ、近づこうとしていたセイルとアミルを弾き飛ばした。


「ぐっ……!」

「あっ……くうっ」

「そんな目晦ましでどうにもなるものか……!」


 だが、それでもベイルティタンの冷静さを欠かせる効果はあったようだ。


「いいだろう。そんなに私の視界を塞ぎたいなら……視界などに頼らぬ攻撃で吹き飛ばしてやろう!」


 その言葉と同時に、ベイルティタンの前方に闇の塊が集い始める。


「人間の魔法士……その程度の闇魔法で私をどうにかしようとした罪を知れ……!」

「くっ……!」


 集まっていく闇の魔力に、セイルは焦りを覚える。

 イチかバチかでアミルとの協力攻撃に賭けるしかないのか。

 ひょっとすると、今なら。


「……負けないです」


 だが。アミルに合図を出そうとしたセイルの耳に、イリーナの声が届く。


「セイル様は、私に諦めるなと言ったです! 常識を超えろと……お前の闇で、敵の闇を塗り潰せと言ったです!」

「は、ははははは! なんとも愚かしい話だ!」


 ベイルティタンの集める闇の魔力が高まっていく。

 空気すら侵すような、そんな凄まじい闇の力が集い始める。


「だから。私はお前を超えるです。お前なんかの闇は……私が塗り潰すです!」

「どうやってだ!? もうすぐ消し飛ぶお前が、お前達が!」

「お前が聞いてるのは、もう知ってるです!」


 イリーナの叫びに、全員が困惑する。

 お前とは誰か。

 ベイルティタンか、否。

 セイルか、否。

 ならば、此処に認識されている以外の……?


「目覚めろです……カオスアイ!!」


 その瞬間。イリーナの帽子の……閉じた目のデザインの紋様が。紋様だったはずのものが。

 ギロリと、大きく見開いた。

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