西への出撃
ヘクス王国はその全てが平地だ。
これは通常であれば盗賊の類の潜みにくい立地なのだが……国土の多くを占める森がその利点を消している。
勿論、この森は木材の輸出というヘクス王国の重要な産業となってはいるのだが、その分石材を輸入していたりもする。
まあ、そんなわけで……王都ハーシェルの周辺にも幾つかの森が存在する。
セイル達の向かう西にも、西メルクトの森と呼ばれる森がある。
「……大事な産業なんでしょうが、今回の事件を考えると一長一短ですね」
西メルクトの森への道を歩きながら、アミルがそんな事を口にする。
森まではおよそ二時間ほど。見通しの良い平原を歩きながら、セイル達は進んでいた。
王都からついてくるような人影はなし。モンスターもボヨンボヨンと弾力性のある身体を跳ねさせるグミと呼ばれるものがいるくらいだ。
「よっ……と」
飛び掛かってきた黒いグミをオーガンがメイスで殴り飛ばすと、黒いグミは破裂するように弾け飛ぶ。
「かといって、森を焼き払うわけにもいかないでしょ。大事な飯の種だ」
「盗賊の大事な住処でもあるわね」
「ちょっと姐さんー」
ウルザのツッコミにエイスが情けない声をあげるが、姐さん呼ばわりが気に入らないウルザに睨まれている。
今の隊列はアミルを正面にセイルとウルザが左右を担当し、イリーナとクロス、エイスが三人に囲まれるような位置……そして最後方にオーガンとガレスが居る。
職業でいえば本来はガレスが正面なのだろうが、現時点ではアミルの方が安定感がある。
「セイル。あのグミは倒さなくていいの?」
「ふむ……」
ボヨンボヨンと気楽そうに跳ねるグミを指差すクロスに、セイルは合図を出して足を止める。
基本的に、あまり倒す意味はない。
グミは色違いがあってバリエーション豊富ではあるが、黒いグミ……ブラックグミ以外は基本的にはあまり凶暴ではないモンスターにあたる。
その為、放っておいても問題がないと討伐依頼も出されてはいない。
それでもあえて倒す意味があるとするなら、クロス達のレベル上げ程度の意味だろうが……。
実のところ、ブラックグミ10体を倒してもレベルが上がる様子はない。
恐らく得られる経験値が異常に低いのだろうとセイルは考えている。
となると、此処はレベル上げには向いていない。
「今は必要ないな。早めに森に入っておきたい」
「わかった」
納得したらしいクロスの頭を撫で、セイルは出発を合図しようとして。
全員から集まった視線に「ん?」と戸惑った声をあげる。
「なんだ?」
「あー、いや。セイル様のその癖は相変わらずだなあって」
頬を掻きながら言うエイスの言葉にセイルはクロスを撫でていた自分の手を離し、じっと見てしまう。
そういえばイリーナにも同じ事をした記憶があるが……正直、セイルは全く意識していなかった。
そして当然だが、セイルにはそういう癖はない。
つまり、これは「カオスディスティニーのセイル」の癖であるのだろう。
言われてみれば、確かにイベントシナリオなどでそういう描写があったとセイルは記憶を掘り返す。
「……そうか。気付かなかったな」
「これだもんなあ」
「ふふっ」
大袈裟に肩をすくめるエイスにアミルも思わず笑うが……この事実に、セイルは人知れずゾッとする。
ふとした仕草、癖。そうしたものは、違っていれば違和感となる箇所だ。
正直、無ければ危なかった部分でもある。その点では助かったのだが……。
そんなものまで再現したあの少年神の力を実感すると共に、そこまでしてセイルという英雄を造り送り込んだ理由を考えてしまう。
あるいは、この盗賊問題がそれであるのだろうか?
「セイル様? どうかされましたか?」
「ん? ああ、いや……何も問題はない」
しかし、それに関してだけは仲間達にも相談出来はしない。
この生ある限り、セイルは「セイル」を演じ抜く必要がある。
大分演技ではなく素になってきたが……まだ気を付けていく必要はあるだろう。
「行くぞ。日が落ちる前に森に入っておきたい」
そんなセイルの言葉を受けて、再び歩き始めて。特に何の妨害もなく、セイル達は西メルクトの森の入り口へと到着していた。
「ここまで妨害も特になし、と」
「考えすぎだったかもな」
「どうかしらね」
ウルザはそんな風にセイルに返すが、薄い笑みを浮かべているところを見ると彼女なりの冗談なのだろうとセイルは思う。
「此処からが西メルクトの森……ですね。ギルドからの資料ですと、ゴブリンやウルフが生息している程度のようですが」
「襲ってくるようなら倒す。それ以外は追う必要はない」
「はい!」
セイルの指示を受け、森の中へと入っていく。
鬱蒼とした西メルクトの森は特に植生が管理されているわけでもなく、ザクザクと草を踏み分け進む。
「んー……」
「止まれ。どうした、エイス」
悩むようなエイスの声を聞き、セイルは全体に停止命令を出す。
森に関しては狩人のエイスがプロだ。そのエイスが違和感を感じたのであれば、解決しなければいけない。
「ああ、いや。たいした事じゃないんですがね。さっきも今も……草に踏んだ跡がねえでしょう?」
「まあな」
「……此処、しばらく誰も入ってねえんじゃないです?」
それは、嫌な予測だった。
少なくとも此処には、支部長に呪いをかける元である呪物が埋まっているはずだ。
そしてゴブリンが生息しているということは、定期的な討伐依頼もあるはずだ。
なのに「しばらく誰も入っていない可能性がある」というのは……有り得ない話だ。
「呪物については悟られないように別の場所から入ったって可能性があるわよ。少なくとも、こっちの方角なんでしょう?」
「それは間違いない。この方角から定期的に魔力が飛んでる」
ウルザに頷いてみせるクロス。
それならば、この森に呪物が潜んでいる事自体は間違いないのだろう。
だが、ゴブリンについては……。
「……全員、警戒レベルを上げろ。ゴブリンが強力な個体に組織されている事を視野に入れ行動するんだ」
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