冒険者ギルドにて2

「来ましたね、セイル」

「……副支部長か。何か用か?」

「アンゼリカ王女様をどう誑かしたかは知りませんが、あまり調子に乗らない事です」


 あまりそういう事を言って不敬罪にならないかと思うのだが、それを指摘しても逆上するだけだろう。


「覚えておこう。それで指名依頼の件なんだが」

「フン、その話も貴方に解決できるかは怪しいところですね。恥を掻く前にやめたほうが良いのでは?」


 セイルと副支部長の間で板挟みの職員はダラダラと汗を流すが、なんとも可哀想な事だとセイルも思う。

 しかし、セイルとてこの場には一瞬たりとて居たくはない。


「……受けるから処理を頼む。あるなら依頼の詳しい情報もだ」

「聞いているのですか!?」

「聞いているとも。何かサインは必要か?」

「い、いえ。必要ありません……これが詳細の書類で……あっ」


 職員の手から書類を取り上げた副支部長は、忌々しそうにセイルを睨む。


「無属性の癖に大きな顔をして……アリアスが光属性であることを知らないようですね」

「光属性、ねえ……」


 セイルがクロスに視線を向ければ、クロスは自分を指差して「光属性」と呟く。


「……へ?」

「あ、はい。その通りです。クロス様は光属性……それもかなり強力です」


 副支部長の手からポロリと落ちた書類を職員が慌ててキャッチしてカウンターに置くと、セイルはそれを素早く取ってアミルに渡す。


「あ、この……! くっ、其処の貴方! 何故こんな無属性の男に従っているのですか!? 光属性であるなら、もっと引く手数多のはずでしょう!」

「黙れヒス女」

「ヒ、ヒス……!?」


 絶句した副支部長にクロスが思いっきり舌を出して背を向ける。


「行こう、セイル」

「そうだな」


 セイルとアミルも身を翻し……その背中に再起動した副支部長の声が投げつけられる。


「わ、分かりましたよ! 貴方、優秀な女性を誑かして功績を横取りしているのですね!?」


 カチン、と。アミルが剣を抜きかける音がする。

 すんでのところで自制したようだが、震える手が「アイツを斬りたい」と告げている。

 クロスなどはすでに召喚書を開きかけている。こちらは目に明確な殺意が宿っている。

 ここでセイルが怒る様子を見せれば、アミルはともかくクロスは自重しないだろう。

 もうそれでもいい気はするのだが、それは拙い。

 だから、セイルは努めて冷静な表情で振り返る。


「……悪いがな。ゴブリンジェネラルとオークジェネラルを斬り殺したのは俺だ。それはカードの討伐情報とやらに記録されているはずだがな?」

「そ、そんなものはどうにでもなります! トドメだけ貴方が刺したんでしょう!」

「ほう、そんな方法でどうにかなってしまうのか。なんともザルなことだ。今後エースだとか討伐数を誇る奴が出てきたとしても信用ならんな?」


 セイルがそう返せば、副支部長は黙り込んでしまう。

 何かを言い返そうとしているようだが、これ以上は自分で泥に突っ込むようなものだと分かっているのだろう。

 セイルが黙って歩き出すと、何かを蹴ったような音が聞こえてくるが……もう知った事ではない。

 冒険者ギルドを出て、セイルは大きく溜息をつく。


「……此処の支部長は何をしているんだかな」

「ここのところ、体調が悪いみたいでね……休んでいるみたいだぜ」

「ん?」


 セイルの疑問に突然答えたその声に振り向けば、そこには壁に寄り掛かる冒険者らしき男の姿があった。


「よっ、災難だったな」


 赤い逆毛が特徴的なその男は、剣士であるのだろうか。

 腰にさげたシンプルな長剣が武器のようだ。


「一応聞くが……誰だ?」

「俺か? 俺はヴァイス。炎剣のヴァイスっていやあ、ちょっとばかし有名なんだが……」

「すまん、全く知らん」

「そぉか、残念だな……」


 ぼりぼりと頭の後ろを掻くと、ヴァイスは残念そうに呟く。


「で、体調が悪いというのは……病気なのか?」

「……という話だがな。もう随分長引いてる。そのせいで副支部長がああやって幅を利かせてる」


 肩をすくめるヴァイスに、セイルはなるほどと頷く。

 あの副支部長を抑える者が不在……つまり権力で抑えられるアンゼリカ王女との協力体制は正解だったということになる。

 そんなセイルに近づいてくると、ヴァイスは小さな声でボソリと囁く。


「実はな、呪いじゃねえかって噂もある」

「呪い……?」

「ああ。あんまし大きな声じゃ言えねえがな」


 呪い。カオスディスティニーでも「呪術士」と呼ばれる職業はあったが、つまるところバッドステータスを与える職業だった。

 それを解くような職業は存在しなかったが……この世界でどうであるかは分からない。


「だとすれば、それを解けばいいんじゃないか?」

「そりゃそうなんだがな。呪いであるとも限らねえ。そして呪いだった場合もそうでなかった場合も、少々面倒な事になる」


 面倒な事。

 冒険者ギルドの中にいる「面倒事」をセイルが思い浮かべると、ヴァイスはパチンと指を鳴らす。


「たぶん今考えてるので正解だぜ。支部長が倒れて誰が得するかって話になると……なあ? 神官呼んで解けたなら大問題になるし、そうでなかった場合はアレが問題にする可能性がある。私がそんな事をやると思ったのか……ってな」


 なるほど、面倒な話だとセイルは思う。要は権力争いなのだろうが、それに支部長が遠慮している形なのだろう。


「どのみち問題になるなら呼んでもいいと思うんだがな……」

「俺もそう思うがね。要は勇者君という大きめの戦力を逃がしたくないから、なんとか波風立てない方向で支部長が考えてるってわけさ」

「ふん……なるほどな。面白い話だった、感謝する」


 セイルがそう言って歩いていこうとすると、その瞬間にヴァイスは小さな紙をセイルに握らせる。


「ま、頑張ってな」


 言いながら何処かに消えていくヴァイス。

 歩きながらセイルがその紙を開くと……何処かへの地図らしいものが書いてあるのが分かる。

 そして今の話からすると……たぶん、支部長の家なのだろう。


 一体自分にどうしろというのか。

 また面倒事が増えたのを感じながら、セイルは静かに溜息をついた。

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