翌朝、宿にて
翌朝。宿のベッドでセイルは目を覚ます。
アーバルに居た頃の安宿とは値段が桁違い……それでも王都の中では手頃な価格の宿というのが恐ろしいところだが、ともかく値段相応に寝心地の良いベッドは身体が痛くなるということもない。
実際、隣のベッドを見るとエイスが幸せそうな顔で寝ているのが見える。
ベッドから身を起こすと、セイルはいつもの習慣通りにカオスゲートの無料ガチャをタップする。
ガチャ結果:
鉄の槍(☆★★★★★★)
「……ふむ」
特に感想も何もない、普通の結果だ。
確か単発だと高レアが出やすいという信仰もあったが、セイルは単発教の信者ではない。
何故なら、カオスディスティニーでレアガチャを単発20連しても目当てのレアどころか星3しか出なかったからだ。
それ以来単発教はセイルの中では削除されている……が、それはともかく。
「……」
目の前にある10連ガチャのボタンを見ながらセイルは喉を鳴らす。
昨日は結果がよかった。物凄くよかった。
だからもしかすると、昨日の運が戻ってきているのではないか?
そんな根拠のない考えがセイルの中に浮かんでは消える。
ガチャを引くべきか。引かざるべきか。セイルの葛藤は、やがて「此処は我慢しよう」という結論で消え去る。
昨日引けたから今日は引けるという考えはよろしくない。
カオスディスティニーでも同じことを言って何万消費したか……その悲しみをセイルは忘れてなどいない。
無言でカオスゲートを仕舞い、セイルはベッドから起き上がる。
窓を開ければ日差しが差し込み、エイスが「うう」と唸り始める。
……しかし毎朝の事ながら、こんなに朝が弱くて猟師が務まっていたのか少し疑問にも思う。
「エイス、起きろ。朝だぞ」
「……ぐう」
溜息をつくと、セイルはひとまずエイスを放置しておく事にする。
最悪、今朝のところはクロスだけ起こしておけばいい。
手早く鎧を身に着け剣を吊るすと、セイルは部屋を出て女子の部屋の扉をノックする。
「セイルだ。クロスは起きているか?」
そう告げると、しばらくの沈黙の後に扉がガチャリと開いてアミルが顔を出す。
「どうぞ、セイル様」
念の為と剣を片手に持っていたらしいアミルに促され、セイルは部屋へと入る。
そんなセイルの視線に気付いたのか、扉を閉めたアミルは恥ずかしそうに笑う。
「も、申し訳ありません。セイル様の声を真似た賊の可能性も捨てきれませんでしたので……」
「いや、いい警戒だ。アミルが居て助かっている」
「は、はい!」
嬉しそうなアミルに頷くと、セイルは部屋を見回す。
3つあるベッドには空いている1つと、ウルザの寝ているベッド……そして、イリーナとクロスの寝ているベッドがある。
小柄な二人だから丁度いいという話になったのだが……そうなった原因としては、最大でも三人部屋しなかったという事情があったりする。
無論、セイル達の部屋の空いているベッドでクロスが寝るというクロス自身の提案は却下されこうなったわけだが……。
「……意外に上手くやっているようだな」
「ええ。2人とも寝相はいいですし」
そう言って笑い合うセイルとアミルの声に反応したのか、クロスが目を覚ます。
「ん……おはようセイル」
「むー……」
起き上がろうとしたクロスを、まだ眠いらしいイリーナが抱きまくらのように抑え込む。
イリーナとクロスではクロスの方が体格が小さく、クロスはバタバタと暴れ……やがてぐったりとした様子で手を伸ばす。
「……助けて」
「アミル」
「はい」
流石にセイルが直接触れるのもどうかということでアミルに一言告げれば、アミルは即座にセイルの意を汲んで動き出す。
テキパキとした動きでイリーナの腕を外し、その隙にクロスが抜け出してくる。
「助かった。おはよう」
「ああ、おはよう」
抱き着いてくるクロスをアミルが咳払いして引き剥がすが、寝ているウルザとイリーナは起きる様子を見せない。
まあ、ウルザはひょっとすると寝ているように見えて起きているのかもしれないが。
どちらにせよ起きる様子を見せないという事はこの話に関わってくる気が無いのだろう。
「クロス、早速だが出かけるぞ。冒険者ギルドに行ってお前の登録と……昨日の話にあった依頼も受けに行く」
「ん、分かった。着替えるからそこで待ってて」
「分かった。部屋の外で待っている」
「……見ててもいい。責任はとらせるから」
無言でセイルは部屋を出て溜息をつく。
今までにない迫られ方だが……ひょっとするとクロスはゲームでいう好感度が高い状態なのかもしれない。
まあ、だからといって深い関係になる気はない。それをするには、色々と問題が多すぎる。
「……男女バランス、か」
やはり重装兵を呼ぶべきなのだろうか。
しかし、今の時点で冒険者パーティとしてはかなり大所帯になりつつある。
相応の稼ぎも要求されるし……宿の事も考えれば、何処かで拠点を得るような事を考えなければいけない時期にきている気もする。
「確か商人もいたな……出てきてくれればこういう交渉の時に楽なんだが」
商人。特殊ユニットの一種で、居るだけで獲得する金銭が上昇するというアビリティを持っていた。
星3でセイルが思い出すのは、3人。
冒険商人ジョーイ。
がめつい商人で、セイル達王国軍一行にも怪しい品物を売りつけようとする男だった。
星3の中でも欲しくないと言われる筆頭だ。
無論、セイルも今出てきて欲しくはない。忠誠面含め不安があり過ぎた。
放浪商人メルク。
こちらは可愛らしい少女の商人で、ジョーイと違って星3でも人気があった。
ストーリーにはちょっとしか出てこないのだが、性格も非常に良さそうだったのを覚えている。
豪商の息子サベル。
こちらは星3の商人の中でもアビリティの効果が星4のキャラ並みに強いというユニットだった。
まあ、その分能力は低めだったのだが……。
この3人でなくとも、商人は星1や星2にも存在する。
まあ、その分アビリティの効果も低いのだが……出てきてくれれば、資金調達の役に立ってくれるだろう。
「……」
思わずセイルのガチャ欲が疼いたところで、アミルとクロスが扉を開けて部屋から出てくる。
「お待たせしました、セイル様」
「行こう」
完全装備のアミルを見て、護衛のつもりなのだろうとセイルは気付く。
特に命令はしていないが、トラブルが起こる可能性を考慮すれば確かに必要だろうか。
「よし、行くぞ」
目指すは冒険者ギルド。
何か起こらないように……とは思いつつも、そうはならないだろうと。
セイルはそんな嫌な予感を抱いていた。
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