王宮での食事

 恐らくは王族用であろう食堂は、思ったよりは狭い……というのが正直な感想だった。

 映画のように無駄に広い部屋に長いテーブルが置いてあるのだろうと考えていたセイルの想像とは裏腹にテーブルの大きさはそこそこ……部屋もそこまでではない。


 しかしまあ、この国の規模から考えるとそれでも良いのだろうか?

 そんな事を考えるセイルはアンゼリカの隣に座らされていたが、その近くの席にクロスやウルザが配置されているのを見て、2人のアビリティの事を見抜かれたのだろうとセイルは予測する。


 ……まあ、アンゼリカが何も言わないところを見るとそれを言いふらすつもりもないのだろうとはセイルにも理解できるが……まさか女湯で駆け引きが行われていた事まで分かるはずもない。


「さて、では食事を始めるとしようかの」


 そう言うアンゼリカだが、テーブルの一番上座に座っているべき王の姿が無い。

 空席となっているその席に視線を向けているセイルに気付き、アンゼリカは軽く咳払いをする。


「……父上じゃが、気分が優れぬようでの。今日はお一人で食事をされる予定じゃ」

「そうか」


 それが本当かどうかは分からない。

 噂話だけでも相当精神的に追い詰められているようだったし、こういった場に出るのが苦痛なのかもしれない。

 まあ、藪をつついて蛇を出してもたまらないとセイルはそれ以上追及しないことにする。


「始めよ」

「はい」


 並べられていく料理は元の世界でいえばフランス料理に似たような形式のものだったが、セイルの身体はマナーを熟知しているのか意識せずとも自然に動く。

 この辺りはセイルが王子であるという設定が反映されているのかもしれない。


「……ふむ、流石じゃの。下手な貴族よりマナーが良い。余程きちんとした教育を受けたのじゃな?」

「さて、な」


 セイルの手元を見ていたアンゼリカが探るように聞いてくるが、セイルはどうとでもとれる答えで躱す。

 ちなみに周囲を見てみれば、ウルザ以外は……エイスが酷いが、他は似たり寄ったりだ。

 ウルザのマナーがきちんとしているのは、暗殺者の嗜みか何かだろうか?


「ところで、明日受けてもらう予定の依頼の事じゃがの」

「ああ。盗賊をどうにかしろという話だったな」

「うむ。あれから調整してみたのじゃが、やはり騎士団は出せん」


 ヘクス王国の騎士団は弱卒ではないが、規模はあまり大きいわけではない。

 国土が狭いせいで貴族も基本的には中央貴族……つまり領地を持たず給料を貰う貴族であるから、領主軍といったものもない。

 冒険者ギルドへの依頼や自警団などで国全体の治安維持を図っているのが実際のところだ。

 そんな中でも騎士団は王都の防衛が主であり、それを欠かすわけにはいかない。

 

 ……つまり、規模の不明な盗賊団に少数をぶつけて数を減らすわけにはいかないのだ。

 ぶつけるにしても相手の規模や装備などをしっかり調べてからでなければ、下手をすると王都が占拠されるといった事態にもなりかねない。

 そしてそれだけは、絶対に防がなければならないことだった。


「じゃから、すまん。少数でオークを蹴散らしたというお主達に頼むしか方法がない」

「いや、それは構わない。元々受けた話だ」


 それに、今はクロスがいる。

 多少の数の不利であれば跳ね返せる可能性は充分に高い。

 ゲームでは「召喚」は色々と制限のある能力だったが、ここは現実だ。

 それが変わっている可能性も充分にある。


「うむ。冒険者ギルドを通したのは、連中への義理と……依頼とすることで、お主等のランクを上げておこうという目論見もある。ま、ついでというやつじゃな」

「例の勇者とかいう男の件で、冒険者ギルドの副支部長には恨まれてる可能性もあるが……」

「問題ないじゃろ。いくらなんでも、業務を歪めるような真似はするまい」


 気楽に笑うアンゼリカだが、本当にそうだろうかとセイルは心配になる。

 愛だ恋だというのは一番厄介なものな気がするし、その手の話が仕事上での不正に繋がるというのもよくある話だ。


「それに、今回は妾の出した指名依頼じゃ。それに何かをするようであれば、王族に敵対したという汚点を残す。しかもその原因が年下の男との色恋ともなれば、もはや……のう?」

「ふむ。その一点だけで解任に値する……と?」

「冒険者ギルド本部はそう判断するじゃろうな。所詮は奴も雇われよ」


 なるほど、確かに副支部長……支部のナンバー2といえど、お山の大将どころか副大将でしかない。

 本部に睨まれるような真似は出来ないということだろうか?


「なら多少は安心か」

「うむ、何かあれば妾が仲裁してやる。勿論、セイル贔屓ではあるがな?」

「助かる」


 言いながらセイルは苦笑する。

 予想外に強い後ろ盾を手に入れたが、当然セイルを取り込みたいという下心あってのものだ。

 何処まで頼るかは考えなければならない。


「まあ、盗賊の件についても無理はせずとも良い。どうにも出来なさそうだと感じたら、すぐに帰ってくるがよい」

「……それは助かる話だが。それでどうする?」


 セイル達が撤退しても、盗賊の脅威は何も変わらない。

 その後どうするのかという問いに、アンゼリカは苦い笑いで答える。


「なあに、どうとでもやりようはある。他の国に助けを求める……とかの?」


 それは、まさに最後の手段であるだろう。

 交換条件として何かを呑まされるのは確実だ。

 それを考え……セイルは、黙ってワインを口にする。


 どうするべきか。

 その結論は……すでに、セイルの中に出来ていた。

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