そして、王都への出発
町の出口で待っていた男……商人デオルは、ペグとは別の意味で商人らしい風貌の男だった。
身体は引き締まってはいるが、決して鍛えられているというわけではない。
何処となく疲れたような顔をしているが、その瞳の奥は相手を値踏みするようなギラギラとした輝きに満ちている。
頭は剃っているのかは分からないがツルリと光っており、それが逆に活動的な印象をも与える。
町に店舗を構える商会の店主自ら買い出しに出るだけはあって、使い込んだ風のシミターも腰に下がっている。
「やあやあ、アンタがセイルさんですか。噂はかねがね」
「この町に来て日数もたっていないんだが……どんな噂だかな」
開口一番のデオルの言葉にセイルがそう返すと、デオルは額をペシンと叩いて笑う。
「これはこれは! 知らぬは本人ばかりというやつですな!」
ハハハ、と笑った後、デオルは咳払いしてみせる。
「有望な冒険者の活躍は、すぐに流れてくるものです。こんな小さな町でも我々商人にそういう情報を売る者は居りますからな」
「情報屋か……」
「然り。青田買いというわけではございませんが、優秀な冒険者は誰もが友誼を結びたがるものです。ですから是非貴方達を今回雇いたいと考えていたのですが……ハハハ、助かりました!」
なるほど、オークの件はともかくゴブリンの件に関しては流れていてもおかしくはない。
特に情報屋の類がいるのであれば、ギルドにいる誰かから情報を仕入れていただろうし……ひょっとすると、職員の中に情報屋が混ざっているかもしれない。
「とすると、俺達で問題はない……ということだな」
「問題が無いどころか、是非よろしくお願いいたします! で、契約条件なのですが……」
デオルの出してきた条件は、王都までの4日の旅の間の護衛料、全員纏めて基本料金で2ゴールド。
1日50シルバー、一人あたりだと10シルバーの計算だが、宿に一人一泊で30ブロンズだった事を考えると、これは破格と考えていいはずだ。
「途中で盗賊退治、モンスター退治などがあった場合には別計算とさせていただきますが、必要物資についてはそちら持ちで。これでいかがですか?」
「問題ない」
セイルがそう答えると、デオルは「契約成立ですな」と手を差し出してくる。
「ああ、よろしく頼む」
その手をセイルが握り、握手を交わす。
デオルの後ろでは恐らくは店員の一人なのだろう、忙しく馬車の準備を整えている赤毛の少年が居て、そちらに向けてデオルは「持ってきなさい」と声をかける。
「は、はい!」
その声に従い、赤毛の少年は慌てたように馬車の荷台から小さな布袋を持ってくる。
「どうぞ、ご確認ください!」
「ん?」
受け取ったセイルが中を確認すると、1ゴールドが入っているのが分かる。
「これは……前金ということか?」
「ええ。前金で1ゴールド、依頼達成時にあと1ゴールドお渡しします」
なるほど、これは依頼主からの「払う気がある」という意思表示であり「キチンと仕事をしてくれ」という要求なのだろう。
セイルは布袋を懐に仕舞うフリをしながらカオスゲートに収納し、頷く。
「確かに受け取った。それで、すぐに出発するんだな?」
「ええ、うちのトムが御者を務めますので、御者台に一人。残りの方は荷台に乗って頂けたらと」
「ああ。では……」
「そんじゃ、俺が御者台に乗りますよ。目はいいですしね」
セイルが何かを言う前にエイスがそう言って進み出る。
「了解いたしました。では、えーと……」
「ども、エイスです。よろしく」
「エイスさん。どうぞよろしくお願いいたします」
「はいよっと。お任せあれ」
頷くエイスが御者台に乗ると、慌てたように赤毛の少年……トムも御者台に乗る。
「さて、それでは皆様もどうぞ馬車に。早速出発しましょう」
言いながらデオルも幌付きの荷台に乗り、セイル達も次々に馬車に乗っていく。
荷台はこれから仕入れに行くということで大したものは乗っていなかったが、恐らくは金や食料が入っていると思われる大きな布袋が幾つかあるのが見える。
それを庇うようにデオルは荷台の奥に乗り、セイル達は荷台の入り口側に集まる。
これは護衛という事もあるが、デオルに必要以上の警戒心を抱かせない為だ。
なんだかんだ言ったところで、デオルとセイル達は他人同士。
荷物を守るように座っているのが警戒の何よりのあらわれであった。
「では、これから4日間よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
笑顔を浮かべて言うデオルにセイルもそう答えるが……同時にあまり踏み込まない方が良さそうだとも思っていた。
ひょっとするとフレンドリーなペグの方が珍しいのかもしれないが、あまりデオルから会話のついでに情報を引き出そうとすれば警戒されるだろう。
「出発します!」
トムの声が響き、馬車がゴトゴトと動き出す。
あまり乗り心地は良いとは言えず、ゴトゴトと動く馬車の揺れに耐えかねたのかデオルは荷物の中から毛布を引っ張り出してその上に尻を乗せている。
「あ、いやははは。申し訳ありませんね」
「構わない。俺達の事は気にしないでも平気だ」
そう答えると、セイルは努めて馬車の外へと視線を向ける。
王都までは中々憂鬱な旅になりそうだと。
セイルは、揺れる馬車の中……そんな事を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます