出発準備
結果からいうと、ウルザはこれといって衝撃的な情報を持って帰ってきたわけではなかった。
何も見つからなかった、という結果だけがあり……しかし、それはセイル達がこの町にこれ以上留まる理由が一つとして無くなった事を証明しただけだった。
「はあ……なるほど」
帰ってきたアミル達にセイルがそう説明すると、代表するようにアミルがそう頷く。
まあ、アミル達からしてみればセイルの安全が最優先なので「何もない」と言われれば「そうですか」といった感じなのだろう。
「ま、そんなわけで明日からこの国の王都へ向かうわけだが……ウルザが、ちょうどいい話を持って帰ってきた」
「ちょうどいい話、ですか?」
「ああ。馬車の護衛だ」
依頼主は、この町の商人……デオルだ。
調味料や香辛料の類の取り扱いを商いとしているデオルだが、この町ではそういったものを産出する場所はないらしい。
そこで王都へ仕入れをしに行くというのが目的なのだが、今現在、冒険者ギルドにいるのはロクでもない連中ばかり。
大金を持っていく以上、護衛は選びたい……というところで、デオルに話しかけたのがウルザであったらしい。
「俺の判断を仰ぐということで保留になっているが……俺はこの話に乗ろうと思っている」
馬車の護衛、というと面倒そうな印象がある。
たとえば護衛は馬車の外を歩くとか、馬を使う場合は自前であるとか……そういう類の事だ。
しかしそうなると徒歩の場合はそれに合わせて馬車も移動速度を落とさないといけないし、馬が自前であれば護衛の選択範囲は非常に狭まってくる。
そうした事で発生してくるリスクは、決して無視しても良いものではない。
ならばどうするか、答えは簡単だ。
信頼できる少数の護衛であれば御者を任せ馬車に同乗したり、馬を用意したりする。
そうする事でより質の高い護衛を選ぶことが出来る……というわけだ。
これは護衛にとっても良い話であり、何処かに移動するついでに護衛で金稼ぎ……ということが出来るのだ。
互いに利益のある取引というわけだが、それだけに裏切られる確率もある程度低くなってくる。
勿論、あくまで「ある程度」であり……それ故にいきなり大仕事をこなしたセイル達の事が引っかかったのだろう。
それが「保留」などというセイル達優位の話になった原因の一つだ。
「はい、私もセイル様の案に異論ありません」
「同じく、です」
「そうですね。俺もそれで問題ないんじゃないかと」
延々と歩くよりゃ大分マシですしね、と付け加えるエイスの足をアミルが踏むが……それはさておき。
「よし、分かった。先方はすぐの出発を希望しているらしい。全員出発準備を整えたら、すぐに待ち合わせ場所まで行くぞ」
「え? 随分急ぐんですね?」
「ああ。時は金なり……というやつなのかもな」
セイルがそう言うと、全員が分かったような分からないような顔ながらも頷く。
セイルとて、なんとなくそういう感じかと思って言っただけなのでまあ、当然の反応だろう。
「でもそういう事でしたらセイル様、俺達装備もつけてますし」
「それだがな。布の服が出たからエイスはこれを着ておけ」
言いながらセイルが布の服を取り出すと、エイスは「おおっ」と声をあげる。
布の服……といっても実際に防御力を備えた布の服だ。
恐らくは服飾店に持ち込むと高評価となるのだろうが、エイスの体格に合わせて出てきたソレを受け取り、エイスは嬉しそうに上着を脱ぎ始める。
「あ、ちょっと……私達が出てからにしなさい!」
「別にいいじゃないですか」
あっという間に下着姿になって服に袖を通し始めるエイスからアミルは顔を背けるが、イリーナは無表情で、ウルザは楽しそうにそれを見たままだ。
「あ、貴方達! 何見てるんですか!」
「アミルは初心すぎ」
「そうねえ。一応兵士でしょ? 貴女」
「そういう問題じゃ……!」
言っている間にもエイスは着替え終わり、セイルは渡された元の服をカオスゲートへと収納する。
「で、アミルにはこれだ」
続いてセイルが取り出した剣……聖剣ホーリーベルを見て、アミルは声にならない声をあげる。
聖剣。量産品の剣しか使ったことのないアミルにとって、そんなものは夢のまた夢だったものだ。
当然だ。そんな名剣は王国軍でもエースにしか与えられないからだ。
一兵卒のアミルがそんなものを扱う機会が訪れたはずがない。
「よ、よろしいんですか!? こんな……明らかに名剣の類、ですよ!?」
「聖剣ホーリーベル。俺と同じく前に立ち仲間を守るお前に相応しい武器だ」
セイルがそう言って聖剣ホーリーベルを差し出すと……アミルの目から、涙が流れ出す。
アミル自身にそういう記憶は無いが、ゲーム「カオスディスティニー」では王国剣兵などというものは外れユニットだった。
初期の数合わせであり、ストーリーが進んでレアガチャを回していけば自然と消えていくような、そんな記憶にもほとんど残らない存在だった。
カオスディスティニーの「世界」においても、王国剣兵アミルなどという名前はない。
名も無き一兵卒。居ても居なくてもほとんど変わらない、そんな存在。
だから、なのだろうか。アミルは嬉しかった。
自分の記憶すらも明確でない中で、「王子」に……セイルに頼りにされているという事実がどうしようもなく嬉しかったのだ。
聖剣ホーリーベルを受け取ると、アミルはその場に跪く。
「……セイル様。私の永遠の忠誠を貴方に。このアミル、これまで以上の力を尽くし貴方にお仕えいたします!」
「……ああ。よろしく頼む」
だからこそ、セイルもそれを受け取る。
そんなに堅苦しくなくていい。
そうは思っていても……この場では、それを受け取る事が唯一の正解であると、そう気付いたからだ。
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