乗るか否か

「……王女?」

「そうだ。君を是非、王都ハーシェルに招待したいと仰られている」


 王女アンゼリカ。その名前をセイルは初めて聞いたが、会いたいというのが「どのレベルで」なのかは憂慮すべき点だろう。

 ヘクス王の意向としてワンクッション置いた招待の可能性もあるだろう。

 武闘大会を開き優秀な戦士を集めているのであれば「少し活躍した程度」でも囲い込もうとするかもしれない。

 勿論、アンゼリカ王女個人の興味の可能性だってあるだろう。

 その辺りを探るべく、セイルは軽くとぼけてみる事にする。


「なるほど、確かに少々は働いたのかもしれない。だが王女に招待されるほどの事をしたとは思えないな」

「他国ならそうかもしれないな。しかしセイル君、この国では優秀な戦士が不足しているんだ」


 やはり取り込みの話か、とセイルは納得する。

 この話に乗れば、自然と国同士の争いに巻き込まれる可能性がある。

 それは現時点では避けたいことだ。


「……まだ何処かに仕えようとは思わないが?」

「冒険者であればそう思う者がいるのは理解している。事実、この国を離れた実力者も大勢いる」

「取り込みの動きは今回に限った話ではないということか。しかしそうであれば当然、そんな話をした時に俺が今回の話を断るかもしれない事も予想できていると思うのだが」


 過去にそういう事例があり、冒険者にそういう傾向があると理解できているのであれば町長が取り込みを肯定するのは悪手だ。

 それが分からない程愚鈍ではないと思うのだが……とセイルは僅かに警戒するが、町長は気にした様子もない。


「別にこの話を断っても構わない。元々冒険者ギルドは中立が原則だ……今回の話は、それを崩しかねない動きではあるんだ」

「デーニック殿、それは……」

「もし断った事による不利益を気にしているのであれば、そんな心配は要らない。私が保証するとも」


 支部長を無視して話を進めるデーニックの言う事は筋が通っているし公正だ。

 しかし、セイルは僅かに……直感的なものではあるが、僅かな不審を感じた。

 この流れに乗ってはならないと、なんとなくそう感じたのだ。

 それはセイルが断る方向にデーニックが話を進めていたからかもしれないし、あるいはそうではないかもしれない。

 しかしセイルは、この話の流れを断ち切る事を決めた。


「別に断るとは言っていない」

「ほう?」


 デーニックはセイルが断る方向に話を誘導している。

 あるいは、そう誘導し逆方向に結論を持っていくテクニックかもしれない。

 この話に乗れば、セイルの危惧通りに国同士の争いに巻き込まれる可能性はある。

 だが……なんとなくだが、このデーニックの話の流れに乗ってはいけないという直感だけがあった。


「話の詳細を確かめずに断るというのも角が立つだろう。実際に招待を受けて仕官の話であれば固辞すればいいだけの話だ」

「そ、そうか。助かる」


 そう言ったのは支部長だが、デーニックは笑顔の裏に不満を隠しているのが伺える。


「直接会う事で断りにくくなるというのはあると思うがね」

「流されるままでいる程、意志薄弱ではないつもりだ」


 セイルがそう返せば、デーニックは「そうか」と答え席を立つ。


「君がそう言うのであれば、私から言う事はないな。気を付けて行きたまえ」

「ああ」


 苛立った様子で部屋を出ていくデーニックを見送り、セイルは支部長へと視線を向ける。


「……あまり行ってほしくないという雰囲気を感じたが、あれはこの町の戦力事情によるものか?」


 この町の有力な冒険者が少ない事で、ゴブリンやオークの退治が滞っていたのは事実だ。

 セイル達がこの町を離れる事でそれが再び起こる事を危惧しているのであれば、デーニックの態度はある意味正しい。

 しかし、支部長はそれに苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……あまり言いたくは無いが、デーニック殿はそういった話には興味が薄くてね。この町に有力な冒険者が少ないのは、なにもこの国が抱えている事情ばかりが原因というわけではない」

「ふむ?」

「もっと成長できる場に行くべきだとデーニック殿が有望な新人を積極的に支援した事もある。やがて立派になって戻ってくる為の布石だと言ってはいたがね」


 それは正しいがおかしいとセイルは思う。

 この町の冒険者事情を考えれば新人はむしろこの町で囲い込むべきであって、外に出すべきではない。

 結果があの冒険者ギルドの惨状であるのは証明済みだ。


「冒険者の質は下がっているわけではない。だがこの町に限っては基準が低いのも確かだ……恐らくだが、君がこの話を断っていればデーニック殿は何処かの国へ拠点を移すことを勧めただろう」

「まるで自分の名声に興味が無いかのようだな」


 町で有名な冒険者が育てば、それは回り回って町長のデーニックの名声にも繋がるだろう。

 しかし、聞いている限りではデーニックがそういう事に興味を示しているようには聞こえない。


「この町自体に興味が無いのではないかと思う事もある……いや、失言だな。忘れてほしい。それより、王女様からの招待は受けるということでいいんだな?」

「ああ、その「先」の話に乗るかはさておいて……だがな」

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