イベントはいつだって受け身で開始する
今すぐ来てほしいと急かす警備隊の男に少し待てと伝えると、セイルはエイスへと振り返る。
「そういうことらしい」
「なんか面倒の匂いがしますね」
「まあな」
苦笑するセイルの耳に、ドアを叩く音が聞こえてくる。
流石に先程の兵士ではないだろう……というよりも、誰かは想像はつく。
「いいぞ、入れ」
「はい!」
ドアを開けて入ってきたのは、予想通りにアミルだった。
完璧な敬礼をするアミルは、すでに鎧を装着した完全武装だ。
「護衛の準備、完了しました!」
「ん、ああ。そこまで物騒な話でもないとは思うが……まあ、いいか」
町長が待っていて、しかし町長の家ではなく冒険者ギルドで待ち合わせ。
ということは「何か頼みたい」事……それも緊急で伝えなければならない事があるという意味だ。
相手は意地でも受けさせるつもりだろうから、多少のハッタリが必要になる場面もあるだろう。
「セイル様は鎧はいいのですか?」
「要らないだろう。今回は会談が主になるはずだ」
万が一ヴァルブレードを寄越せという話であれば断固断るつもりなので、ヴァルブレードはカオスゲートに仕舞い鉄の剣を差す。
アミル達とは違いセイルの鎧の下は高級な造りの服である為、この格好で何の問題もない。
「よし、行くか。エイス、お前はイリーナ達と一緒に留守を頼む」
「へーい」
アミルを連れて部屋を出ると、ウルザが廊下に立っている。
「一応私も動いておこうと思うけど、希望はあるかしら?」
「いや、任せる」
「りょーかい」
ヒラヒラと手を振るウルザをそのままに階段を降りて、宿を出る。
外に出ると先程の警備隊の男が立っていて、完全武装のアミルにぎょっとした顔を見せる。
「気にする必要はない。ただの護衛だ」
「あ、ああ」
アミルが自分より強い事が分かるのだろう。気圧された様子の警備隊の男に先導されながらセイル達は町を歩く。
「随分と騒がしかったようだが、俺を探す為だけのものだったのか?」
「そう聞いている。絶対に連れてくるようにとのことだった」
「絶対、ときたか。その理由については?」
「聞いていない。しかし渋るようなら「絶対に利益になる話だ」と伝えろと言われている」
胡散臭いな、とは流石に言わなかった。
世の中、絶対に利益になる話なんていうものはない。
メリットが大きければ大きい程デメリットも大きく、その原則からは絶対に逃れられない。
「……そうか」
つまり「絶対」などと言い切るのは町長が本当にそう思っているか、こちらをそんな言葉で引っかかる馬鹿だと思っているかだ。
どちらであるかは分からないが、セイルは心の中で警戒度を上げた。
そうして冒険者ギルドに到着すると、町長が居るせいなのか警備隊らしき二人の男達が入口に立っているのが見える。
人の出入りは妨害していないようだが……いつもギルドに溜まっている冒険者達も彼等を避けたのか居なくなっている。
しかしギルド職員はいつも通りに中に居て、そのうちの一人がセイルを見て「あ!」と声をあげる。
「セイル殿をお連れした」
「は、はい! ではご案内します!」
慌てて立ち上がったギルド職員に先導されてセイルとアミルは階段を上がりギルドマスターの部屋へと連れていかれる。
部屋の前に辿り着くと職員がドアをノックし「セイル様ご到着です」と声をかける。
「入ってくれ」
そんな声が返ってきたのを確認して職員がドアを開けると……その先にはソファに座る恰幅のいい男と、壁に背を向けて立っている支部長の姿があった。
その光景だけでソファに座っている男の方が地位が高い……恐らくは町長だろうということが分かる。
「セイルだ。こっちは護衛のアミルだ」
「そうか。悪いが護衛には席を外して貰おう。その剣も外してほしい」
「セイル様……」
「構わん」
鉄の剣を外してアミルに預けると、アミルは黙って頷き部屋の前に立つ。
「これでいいか?」
「ああ」
職員が外に出てドアを閉めたのを確認すると、支部長は軽く咳払いをする。
「……こちらはこのアーバルの町の町長、デーニック殿だ」
「デーニックだ。君は中々優秀なようだね」
「セイルだ。そう褒められる程の事はしていない」
セイルがそう答えると、デーニックは面白そうに笑みを浮かべる。
「ふふふ、なるほど。自信家でもあるようだ。君に興味が出てきたが……実はね、そう思っているのは私だけではないのだ」
「と、いうと?」
「うむ。とある方が、君に強い興味を抱いてね。冒険者ギルドの魔導ネットワークを通じてご連絡くださったのだ」
とある方。つまり町長より上の誰かということだろう。
それも冒険者ギルドの魔導ネットワークとやらをそういった私的利用できる立場だ。
「かなり高い身分を持っている誰かだと推測するが……?」
「かなり、どころではないな。ヘクス王国ではその方の「上」はほとんどいらっしゃらない」
「王族か」
「その通りだ」
なるほど、慌てるはずだ。警備兵を総動員だってするだろう。
上がほとんどいないという事は、疑心暗鬼に陥っているという国王ではないだろう。
「このヘクス王国の王女……アンゼリカ様が君に会いたがっている」
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