朝が来た2

 着替え簡単に身支度を整えると、宿の娘がコンコンと扉を叩く音が聞こえてくる。


「お待たせしました、朝食です」

「ああ、その辺に置いて貰って構わない」

「はい、それでは此処に置きますね」


 お盆に乗せた豆のスープとパンを置くと、宿の娘は隣の女子部屋へと同じものを持っていく。

 酒場を併設しているような宿ならばともかく、この手の小さな町の宿ではわざわざ食堂を設置する事はないらしい。

 その為、パンとスープ程度の簡単な朝食を用意し部屋に運んでいく方式が一般的……というのは、宿の娘の話であったが。


「あー……いい朝ですねえ」

「そうだな、良く晴れている」


 開け放たれた窓から見える空は青く、流れる雲の動きもゆったりとしている。

 なんという名前かも分からない鳥が鳴いているが、それも含め平和な光景だろう。


「む、美味い。この宿で焼いてるんでしたっけ?」

「いや、パンは毎日パン屋が売りに来るそうだ」

「いつの間にそんな話してたんですか……」

「夜にちょっとな」


 昨日の夜、たまたま一階に降りた時に掃除をしていた宿の少女と会ったのだが、その時に色々と聞いたのだ。

 仕事の邪魔かとも思ったが、少女の方から積極的に話を振ってきたのでそれに乗った形だ。

 おかげで色々と情報を手に入れる事が出来た。


「へえー……」


 パンを呑み込んだエイスが、なんとも微妙な顔をする。


「セイル様は「あっち」でも結構手ぇ早ぇなあって思ってましたけど……こっちでも変わんないですね」

「何の話だ」

「かーっ、これだよ! いつの間にか女の子達となんか親密になるのはセイル様の得意技だったじゃないですか!」

「人聞きの悪い奴だ」


 言いながらも、セイルはカオスディスティニーの事を思い出す。

 あのゲームでは、ユニットと一緒に戦ったりアイテムを贈る事で好感度と言われるものを上げることが出来た。

 それによって新しいアビリティや能力が解放されたり、イベントシナリオを進める事が出来たりしたのだ。

 勿論、これは男女問わずだ。男ユニットの場合は友情を前面に出しているが、女ユニットの場合は恋愛のようなものを匂わせたりもしていたので、エイスが言っているのはそのことだろうとセイルは予想する。


「そういう関係じゃない。それはエイスだって分かっているだろう?」

「そりゃそうでしょうけどね。そう思ってたのはセイル様だけかもしれませんよ?」

「怖い事を言うなよ……」


 女性ユニットの「記憶」がどの時点のものなのかは分からないが、これから呼ぶのが怖くなってきそうだ。

 しかしまあ、恐らくは大丈夫だろう……と根拠のない理由でセイルは自分を納得させながらパンを齧る。


「む、確かに美味いな」

「ええ、職人の腕がいいんじゃないですかね」


 パンの事はよく分からないが、もちっとした食感のパンは腹持ちが中々良さそうだ。

 塩で簡単に味付けしただけの豆のスープと合わせれば、朝食としては充分すぎる。


「ところでセイル様。これからどうするんです?」

「どうする、とは?」

「目標ですよ。言ってみれば俺達は「取り戻す」為に集まったようなもんです。けど、此処にはもう俺達の国はない……なら、これからどうする? って話ですよ」


 そう、エイスの言う通りだ。

 カオスディスティニーはそういうゲームだったし、だから人数が次々増えても問題なかった。

 セイル達は王国を奪還する為の軍であったからだ。

 しかし、此処では違う。

 世界は多少不穏な雰囲気はあれど平和で、モンスターによる被害も恐らくは限定的だ。

 正直に言ってしまえば、セイルがガチャを引いて「軍」を結成する理由はない。

 もっと言えば、セイルがこの世界に送り込まれた事に対する「意味」が見えてこない。


「……そう、だな。確かに、これからの指針は必要だ」

「いっその事、どっかに村でも開拓します? 意外に楽しいかもしれませんよ」

「お前はどちらかというと、そちらが本業だしな」

「ええ、本当はあの世界でその暮らしを取り戻すのが望みでしたけどね」


 ハハ、と笑うエイスから目を逸らすようにセイルは豆のスープを飲み立ち上がる。

 その望みは叶わない。たとえ、何があっても……だ。

 しかしそんな事は言えず、セイルは無言で窓の外を眺め……ふとした違和感に気付く。


「……何か、変じゃないか?」

「へ? あー……そうですね。何かあったんですかね」


 セイルの言葉に反応したエイスがやってきて、頷いてみせる。

 そう、人の動きが変だ。

 冒険者とは違う、ある程度キッチリとした装備の……この町の警備隊らしき連中が忙しそうに走り回っている。

 何か犯罪でも発生して捕り物の最中なのだろうか。そんな事をのんびりと考えていると、警備隊の一人が窓から眺めていたセイルを指差して「あっ!」と叫ぶ。


「……何かやったんですか?」

「いや……」

「やんごとない立場の女の子を弄んだとか」

「後でゆっくり話をする必要がありそうだな」


 冗談ですよ、と言いながら離れていくエイスを睨んでいると、セイルを指差していた警備隊の男が大声を張り上げる。


「冒険者のセイル殿で相違ないか!?」

「ああ、そうだ。朝からそんな大声で……何事だ?」

「町長から話がある! 冒険者ギルドにお出で願いたい!」

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