今後の指針
「そうか……正直助かる」
「助かる? 何が助かるんだ。圧力でもかかっていたのか?」
ヘクス王国からか、それともヘクス王国の支部からか。
そんな事を考えたセイルに、支部長はゆっくりと首を横に振る。
「単純に、この国の未来を考えての話だ」
「この国の未来……か。なんとも胡乱な話だな」
ゴブリンの件を考えると更にそう思うのだが、とりあえずそれは言わない。
「私だって中立たる冒険者ギルドの職員ではあるが、それ以前にこの国の人間だ。国の未来を憂う事だってある」
「何度も言うが……」
「分かっている。この国に縛られろと言うつもりはない。だが、この国に有望な人間を呼び集める憧れになってほしいとは思っている」
「……地図があるならくれ。王都の場所を俺は知らない」
「用意しよう。護衛依頼でもあれば推薦したのだが、すまないな」
立ち上がるセイルに支部長はそう答え、紙にサラサラと何かを書き付ける。
「これを下で職員に渡すといい。簡素な地図だが……あまり余所に流さないでくれると助かる」
「ああ」
紙を受け取り、セイルは支部長の部屋を出る。
「セイル様、大丈夫でしたか!?」
「ああ。面倒事は発生したが……まあ、今後の指針は決まった」
「今後の……」
「ああ、詳しくは帰ってから話そう」
言いながらセイルは階段を降り、手近な職員を呼び止める。
「支部長からこれを渡して王都への地図を受け取れと言われている」
「あ、はい。しばらくお待ちください」
何処かへ行く職員をそのままにセイルはカウンターの向こうを見回す。
すでに警備隊は居ないようだが、ギルドの中に冒険者の姿はない。
何処かで呑んだくれたまま戻ってこないとか、恐らくはその辺りだろう。
なるほど、この町だけかもしれないが……確かにロクな人材がいないようだ。
「お待たせいたしました。こちら地図になります」
「ああ」
セイルが渡された紙を広げてみると、アーバルからハーシェルまでの簡単な道が記されただけの地図がそこにあった。
確かにこれならば道に迷う事はないだろうが……予想していたよりもずっと簡素な地図だ。
「……これが地図、か?」
「はい。地理情報は悪用される危険性がありますので、ギルド規定に沿ったレベルでのものとなっております。ハーシェルまでの道程ではそれで充分なはずです」
「そうか」
そういうものなのだろう。まさかここにきて適当な地図を渡すような真似はしないだろう。
セイルは地図をアミルへ渡し、カウンターから外へと出る。
そのまま冒険者ギルドの外へと出れば、比較的強い日差しがセイル達へと照り付ける。
「そういえば季節を気にした事も無かったが……」
夏日、という程ではない。
木々や草木の色はまだ若々しいものも多く、春めいたものを感じさせる。
しかし異世界の季節が元の世界と同じであるとも限らず、セイルは「春」とは明言しない。
「よし、行くぞアミル」
「はい、セイル様」
道を歩けば、セイル達へと視線が集まっているのを感じる。
それはセイルが美形であるからなのか、それともアミルを従えて歩いているせいなのかは分からない。
だがもし後者であるとするならば、簡単に解決する方法はある。
「アミル、後ろではなく隣を歩け」
「え? しかし……」
「構わん」
立ち止まると、セイルはアミルの腰を掴んで引き寄せる。
「あっ」
「俺達は仲間だ。主人と従者という体では、目立つだろう」
「し、しかし……」
「なら、命令だ」
そう言えば、アミルは「……はい」と答えて観念したように隣を歩く。
その徹底っぷりにはセイルも思わず苦笑するが……先程とは違う種類の視線が刺さってくる気もして、「どうすりゃいいんだ」という気持ちになってくる。
「見られて、いますね」
「ああ」
アミルはセイルから見ても美少女だ。
あるいは、そういうやっかみもあるのかもしれないが……それはもうどうしようもない。
此処に居たのがイリーナやウルザであっても同じであっただろうし、かといってエイスとばかり行動するというわけにもいかないだろう。
何よりエイスは護衛には向いていない。
「あっ、昨日のお兄さん」
「ん?」
声をかけられて、セイルは声の聞こえてきた方向へと視線を向ける。
そこには昨日セイルがお守りを買った少女の姿があり、しかし今日はカゴを抱えてはいない。
少女が立っているのはどうやら雑貨店の店先のようで、そこには昨日セイルが買ったお守りのようなものもある。
「ああ、昨日の子か。この店の子供だったのか?」
「はい。隣は彼女さんですか?」
「へ!? い、いえいえいえ! そんな恐れ多い……」
「まあ、仲間だ。それで、何か売りたいものでもあるのか?」
そうセイルが聞けば、少女は快活な笑い声をあげる。
「あはは、買ってくれるなら歓迎しますけど、今日は声かけただけです。お兄さん、目立ちますもん」
「……そうか?」
「そうですよ。何処かの貴族様か何かって言われても信じられますよ」
「そう、か」
貴族どころか王子という設定だし、ひょっとすると「王族のカリスマ」が影響しているのかもしれない。
そんな事を考えながら、セイル達は少女と別れ宿へと戻っていく。
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