その全てがチュートリアルであるならば

 セイル達が平和な一時を過ごしているその間も、世界は常に動いていく。

 たとえば、冒険者ギルドもそうだ。

 魔法による巨大なネットワークを構築している冒険者ギルドは、依頼の達成報告を含む様々な情報を共有している。

 それは優秀な新人の情報を得る為だとか、要注意の人物や事象に対して対策を立てる為だとか……様々な事に活用される。

 そして、ヘクス王国のアーバル支部から送られた一連の報告に関する反応は様々だった。


 レヴァンド王国の本部は、見るべきところがあるが些細な事象であると片づけた。

 アーバル支部の緩みっぷりは問題ではあるが、それを解決できる人材が現れたのは喜ばしい事だ。

 ゴブリンジェネラルとオークジェネラルが同じ新人グループによって退治されたのは「新人にしては見込みがある」といったところだろう。

 これからどうなるかは分からないが、その程度が出来る人間はレヴァンド王国を探せば何人も出てくる。

 何より、無属性だ。たいした人物でもない。


「まあ、よくあることですね」


 精々、頭の隅に置いておく程度だろうと……その日の担当職員は、そう判断した。


 アシュヘルト帝国の帝都支部は、中々興味の湧く件であると注目した。

 ゴブリンジェネラルとオークジェネラルの退治、それ自体は珍しくもない。

 登録するなり派手な活躍をして頭角を現す新人というのは、時々現れる。

 その全てが大成するわけではなく、色々な理由によって消える事も多い。


 そして、冒険者から騎士へと転身した例だってある。

 優秀な人物はそれなりの役割が課せられるのが世の常であり、扱いにくいのであればやはり「それなり」の役目が課せられる。

 このセイルなる人物がどういう素性のどんな人物かは分からないが、場合によってはヘクス王国などという小国に留めておくには惜しい。


「……とはいえ慌てて帝国に報告する程ではない、か」


 担当職員から報告を受けた支部長は、そう呟いた。

 この程度の人物であれば探せば幾らでも見つかる。何よりも無属性だ。

 今後も注視すべき対象の一人ではあるが、今はその程度のことだ。


 スラーラン皇国の皇都支部では、この件を更に注視すべき対象であると認定した。

 冒険者ギルドはその性質上中立ではあるのだが、実際にはその国の利益となるように行動しており……スラーラン皇国のギルドもまたそうであった。

 そしてスラーラン皇国の冒険者ギルドが他と違うのは、皇族が冒険者ギルドに足繁く通うという点であった。


 それはどう見ても癒着であり違反であるはずなのだが、そうはならない。

 彼等はあくまで冒険者ギルドの職員との「遊び」を楽しんでいるという名目であるからだ。

 そんなものが通るはずも無いが、通っている。

 そして今も、皇国の第二皇子が受けた報告を吟味していた。


「……なるほどね。依頼達成までの時間を考えると、然程ジェネラルの退治に時間をかけていない……となると、策や罠に頼るでもなく正面から打倒したってところだね」

「新人にしては驚異的ですが……こんな人材が今まで無名でいられるものでしょうか?」


 職員の女は、言いながらも第二皇子の顔をじっと見つめている。

 美しく手入れされた水色の髪は空の色のようと評され、優しげな表情を常に浮かべた美貌の王子。

 ちなみに恐ろしいことに、美貌だというのは皇族全員に共通する特徴であるのだが……職員の女もまた、第二皇子の美貌に篭絡された一人であった。

 いや、本当にそれは美貌故だろうか? 何かしらの強烈なカリスマ性がなければこうはならないだろうが……それを確かめる術などない。

 ともかく、第二皇子は自分の武器をよく理解しているが故に職員の女へと惜しみなく笑顔を向ける。


「珍しい事ではないよ。有名無名は単純に、実力が活かされる機会の有無に過ぎない。このセイルという男にそれなりの実力があることは証明された。問題は、その限界が何処にあるのか……だ」

「限界、ですか」

「うん、オークジェネラルを退治できる程度が限界なら、然程慌てることはない。勿論放置していいわけではないけど、最優先ではないということだね」


 表舞台に出ない実力者であれば、それこそ幾らでもいる。

 剣聖ジークリット、隠者ラウ、自由騎士メルト……世界中を巡り、何処にも属さない実力者達。

 彼等は全ての国が求める「最高の人材」だが、それに及ばぬ人材を勧誘しなくてもいいというわけではないのだ。


「それに、だ。少しばかり奇妙なところもある」

「奇妙、ですか」

「彼のパーティだよ。やけに無属性が多い。かと思えば貴重な闇属性もいる。だというのに、リーダーはこのセイルという男だ」

「はあ、確かに普通なら闇属性の……このイリーナという魔法士がリーダーになりそうですが、後衛ということで一歩引いたのでは?」

「あるいは、そうかもしれないね」


 しかし、だ。無能とされる「無属性」は頻出するような属性ではない。

 そんなものが一度に複数人集まり、そこに滅多に居ないと言われる闇属性もが混ざっている。

 その中でリーダーをしているセイルという男が、面倒事避けの案山子でないのなら。


「……この男については、これからも報告をあげてほしい」


 あるいは、皇国に最優先で取り込むべき人物であるかもしれないと。

 第二皇子は、そう判断した。


 そして、もう一国。いや、あるいはもう一人。

 セイルに注目した人物がいた。


「ひ、姫様。あまりこういった事は……」

「フン、くだらん事を。各国ごとに癒着しとることくらい誰でも知っとるわ!」


 その報告に目を通していたのは、一人の少女。

 セイルに関する全ての報告を隅から隅まで見つめ、少女は笑う。


「セイル、セイルか。逃がさんぞ……お主は間違いなく極上じゃ。我が国で釣り上げてくれる!」


 その呟きを……あるいは、世界からの認識を今のセイルが知ることはない。

 だが、「セイル」という男は確かにこの世界に認識され組み込まれた。

 全てが此処から始まると……全てを見通す何者かに、そう語られるかの如く。

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