お風呂回は大抵イベントシナリオ
元々セイルは長風呂をするほうではない。
大抵の男に共通するだろうが、長くても30分かからないのだ。
しかしながらエイスはその「大抵」には当てはまらない……いや、ひょっとするとセイルが少数派なのかもしれないが、とにかくエイスは長風呂派であったようだ。
他の女性陣も同様であり、風呂で火照った身体を冷ましながらセイルはラフな格好で浴場の前に立っていた。
流石に浴場に鎧を着ていくほど無粋ではなく、されど宿に置いて万が一があるのも馬鹿らしいが、セイルにはアイテムを収納できるカオスゲートがある。
見た目にはただの金属板でしかないソレ1つあればいいというのは楽ではあるが、逆に言えばその程度の小さな金属板が命綱でもある。
故にセイルは絶対にカオスゲートを離さない。
今も小さな革袋に入れて首から下げているが、元々薄いソレは服の下に紛れさせてしまえばもう分からない。
「……」
時刻は分からないが、沈みかけの太陽が空を赤く染め始めているのを見るに夕刻。
この世界には時計もなければ時刻を示すような仕組みもない。
単純に太陽と月の動きのみを頼みとしていた。
それでいて、どうやら暦があるようだから……単純に時計に支配されている生活ではないのだろうとも理解できる。
日が沈むのが早い日は仕事終わりも速く、日が沈むのが遅い日は仕事終わりも遅くなる。
そういう風な生活をしているのだ。
見ていれば幾つかある屋台には店じまいをしているところもあれば夕食の需要を見込んで良い香りを漂わせているところもある。
前者はアクセサリーなどの道具売りの屋台、後者は食べ物……それもその場で食べられるような温かいモノを売る屋台だ。
恐らくはもう少しすれば全ての屋台は店じまいして、客を酒場へと譲るのだろう。
そういった住み分けがキチンと出来ている動きだった。
しかしまあ、なんというか。少しばかり少ないようにも思える。
すでに幾つかの露店が店じまいしているとしても、それでも少ない。
それはひょっとすると、この町が小さな町であることも無関係ではないのかもしれないとセイルは思う。
「あの……」
「ん?」
かけられた声に振り向けば、そこには一人の少女がいる。
まだ小さいように思えるが、迷子かと思いかけたその刹那、少女の手に持つ籠が目に入る。
色とりどりの小さな袋が幾つも入ったその籠を見るに、何処かのお使いの帰りという風にも見えない。
「お兄さん、冒険者の方ですよね?」
「ああ」
「お守り、いかがですか? 魔物避けのポプリが入ってるんです」
なるほど、僅かに香りがすると思えば、そのポプリから漂っていたらしい。
しかし魔物避けなんてものがあるとは初耳だが……まあ、そういうものもあるのだろうか。
僅かなセイルのそんな戸惑いを見透かしたのだろうか、少女は困ったように笑う。
「あ。勿論そんな凄い効果はないです。魔物避けっていっても、そういう効果があるとされているってだけですし。でも、いい香りなんですよ」
「そうだな」
確かに、良い香りではある。たとえるなら、瑞々しいリンゴの香りにも似ているだろうか。
こんな香りを漂わせていたら、むしろ魔物は寄ってきそうだが……まあ、少女の言う通り「凄い効果はない」のだろう。
「一つ貰おう。幾らだ?」
「ありがとうございます、2ブロンズです!」
銅貨を2枚渡すと、少女は籠から黄色い袋を一つ取り出して差し出してくる。
「お兄さんの髪の色に似たのを選びました。如何ですか?」
「ああ、これでいい」
少女からセイルが香り袋……いや、お守りを受け取ると、少女は「幸運を!」と言いながら走り去っていく。
セイルが今日最後の客で、これから家に帰る……といったあたりだろうか?
「魔物避けのお守り、ね」
手作り感漂う「お守り」からは、特に不思議な力も厳かな何かも感じない。
カオスゲートに入れたところで、残念な結果が待っているだけだろう。
何故こんなものを買ってしまったのかは分からないが……理由をつけるのであれば「気紛れ」だろうか。
「おまたせしました、セイル様!」」
そんな事を考えていたセイルの前にやってきたのは、やはり鎧を外した軽装のアミルだ。
鎧を外してしまうとアミルは麻の服を着た普通の少女にしか見えず、しかし辺りの町人に紛れていないのは、その美少女さ故だろう。
……そう、改めて見るとアミルは美少女だ。
カオスディスティニーの頃はアミル……いや、王国剣兵はモブだったので顔の詳細など分からなかった。
モブキャラは顔の部分が影で隠されていたからだ。
たくさんいるモブの一人。そういう扱いだったのだ。
現実にレア度を持ち込んだ今でも、それは変わらないだろう。
戦闘職の星3ユニットが来た場合、その戦闘力はアミルよりも遥か上であるのは間違いない。
いや、星2のユニットですらアミルよりも強い。ゲームであれば、即座に控えか強化素材行きになるような、そんな強さ。
……だが、こうして現実になって。今でもセイルは同じことを言えるのだろうか?
答えは否だ。アミルは大事な仲間で、それはこれからも変わらない。
「あの、セイル様?」
戸惑った様子のアミルの手を取ると、セイルは先程買ったお守りをその手の平に乗せる。
「これ、は……?」
「魔物避けのお守りらしい。効果はないだろうが、香りはいいしな。持っておくといい」
セイルがそう言って肩をすくめると、アミルは途端に嬉しそうな表情になってお守り袋をぎゅっと胸元で抱きしめる。
「一生大切にします!」
「あ、いや。そこまでのものじゃ……」
「家宝です! ふふ、ふふふ!」
本当に嬉しそうなその様子に、セイルはそれ以上何も言えずに曖昧に笑う。
もっと気の利いた物の方が良かったんじゃないかと、そんな後悔も湧いてくるが今更だ。
「あー……なんだ。皆遅いな」
「はい!」
とても元気な……テンションの高いその声に、道行く人々がセイル達へと微笑ましい視線を向けていくのが、実にむず痒かった。
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