帰還

 アーバルの町へと帰ってきたセイル達を迎えたのは、ざわめきだった。

 それは驚きや疑問などの声が多く、囁き合っているつもりなのだろうが内容はしっかりと聞こえてくる。


「もう帰って来たのか……?」

「逃げ帰って来たんだろ。オーク相手にビビったのさ」


 細部こそ違えど、大体こんな感じのものが多い。

 アミルやイリーナがそんな事を言っている連中を睨みつけているが……セイルは気にせずにカウンターへと向かう。

 カウンターにいた女性職員はセイル達を見て緊張したような表情を浮かべると「い、いらっしゃいませ」と定型文じみた挨拶を口にする。


「今日はいかがされましたか?」

「オークの集落でジェネラルを倒してきた。確認してくれ」

「えっ」


 絶句した様子の職員が更に何かを言う前に、セイルは全員分の冒険者カードをカウンターの上に置く。

 それを職員は慌てたように水晶の上にかざし……ゴクリと唾を呑み込む。


「オ、オークジェネラル……確かに討伐されています」


 ギルドの誇る冒険者カードと水晶に誤作動や偽造はない。

 だからこそ明らかになる戦果にギルドの中がざわめく中で、職員は次々とカードをかざしていく。


「お、オークジェネラル1。オークファイター12、オークアーチャー4、オーク3、オークチャイルド4……討伐確認しました」


 それは大戦果といっていい。

 オークといえば、そのパワーと耐久力で有名なモンスターだ。

 そんなものを五人でこれだけの数を倒したというのは、並ではない。


「あ、あの。もしかして殲滅して……?」

「いや。ジェネラルを倒した後、何匹か逃げて行った。集落自体は使えないように壊してきたが……な」

「しょ、少々お待ちください」


 別のギルド職員が慌てたように2階へと走っていくが、しばらくすると支部長が慌てたように降りてくる。


「よく帰ってきてくれた。とりあえず上へ……」

「いや、いい。約束の報酬をくれればいい。「殲滅」ではないから、その分は要らないぞ」


 報酬最大3ゴールド、殲滅の場合は金貨4枚追加。

 今回は殲滅ではないが、それでも追加の1枚は手に入る。


「で、では……殲滅ではありませんので1ゴールドと……オークジェネラルの討伐報酬として2ゴールドをお支払いします」


 そう言って支払いの準備をしようとする職員に支部長が慌てて何かを囁き、職員がそこにこっそりと何かを追加する。

 言葉にしないのは、そうすると取引の事がバレて無用の混乱を招くからだろうが……その辺りの事情はセイルにはどうでもいい。


 セイルが今真面目な顔で考えているのは「これだけ金貨があるなら多少連続ガチャしてもどうにかなるな」という事くらいであり……なんとなく察したアミルがじっとセイルの顔を見ていたりする。

 

 そして見えないように革袋に入れられた金貨を受け取ると、セイルは踵を返そうとして……ふと思い出したように振り返る。


「……そういえば、ペグから何か伝言があったりしないか?」

「えっ」


 言われて、ギルド職員は慌てて書類をめくり始める。

 その姿にセイルは不安を覚えるが……やがて「あ、はい。ありました!」と言いながら一枚の封書をカウンターの上へと置く。


「ど、どうぞ」

「ああ」


 指名依頼を出すと言っていたはずだが、どういうことだろうかとセイルは封蝋を破り中を見る。

 そうすると、中に書いてあったものは……こんな内容だった。


 少しばかりこちらの事情があり、白き盾に依頼し次の場所への道を急ぐ事になりました。

 この埋め合わせは後日。


 要約すると大体このような感じだが、療養中の白き盾くらいしかまともなメンバーがいなかったというのと……そんな万全ではない白き盾を雇ってでも急がねばならない事情があったということ。

 ついでに言うと、今後もセイル達に関わってくる……もっと言えば「目を付けられている」ということだ。


「確かに受け取った。感謝する」


 セイルが手紙を封筒に入れ直すと、待っていたアミルがそれを恭しく受け取る。

 やってしまってからその行動はどうかと思ってしまうのだが、気にしない風を装い踵を返しギルドを出る。


「あの男、何があったのかしらね」

「さあな。あまり深入りするとロクでもない事になりそうな気はするがな」

「同意ね。あの手のは裏にも深く関わっていそうだもの」


 肩をすくめるウルザに、セイルも同意するように頷く。

 関わっていそうというか、確実にそうだという予感はなんとなくある。

 きっと後日何かでまた関わりそうな気はするのだが……今は気にしても仕方がない。


「とりあえず宿に戻るか。今後の事を考えるのは休んだ後でもいいだろう」

「あ、それなら私お風呂に行きたいわ。この町、一応公衆浴場があるものね」


 そう、アーバルの町の宿には風呂は無く、町の真ん中に公衆浴場が存在している。

 料金は1ブロンズと格安で、こうした風呂文化がいわゆる行政サービスや福祉として根付いている事を感じさせる。


「……そうだな。まずは風呂か」

「いいですね。俺こっちではまだ風呂入ってませんし……あっちでも中々機会ありませんでしたものねえ」


 エイスの言葉にセイルは「そうだっけ」とカオスディスティニーの事を思い出しながら曖昧に頷くのだった。

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