決闘の朝3
階段を昇った先の、最奥の部屋。それがセイル達の通された場所だった。
立派な家具の据え付けられたその部屋のソファには一人の男が座っており、セイル達を見ると難しげな顔を向ける。
「君達がセイルとその仲間達か……まあ、とりあえず座ってほしい」
眼鏡をかけた、痩せぎすの男。そんな感じの印象のある男に促されセイルとイリーナはソファに座るが……アミルはその後ろに立ち警戒するような様子を見せる。
「そう警戒しなくともいいんだが……まあ、いい。話を始めよう」
「その前に自己紹介といきたいんだが、貴方がこの冒険者ギルドのトップということで間違いないか?」
言われて、男は初めて気づいたかのように「ああ、そうか」と呟く。
「そうだな、その通りだ……失礼した。私がこの冒険者ギルドアーバル支部の支部長、アガートだ。決闘の件については報告を受けている。まずは謝らせてもらいたい……申し訳なかった」
「話が見えてこないが……下の階での騒ぎと何か関係があるのか?」
セイルがそう問えば、アガートは如何にもといった渋い顔をする。
「……そうだ。今朝、当支部の職員ベックと君達の決闘相手だった男を含む数名の冒険者が迷惑行為で駐屯兵に捕縛された。酔っていたらしいが……建前上は中立であるべき職員が……しかも君達の決闘を担当する職員が一方的に肩入れしていると思われかねない状況を当支部としては憂慮していてね」
なるほど、捕縛された職員とやらは決闘の担当者であったらしいとセイルは納得する。
随分と脇が甘いが……まあ、そんなだからくだらない行為にかまけていたのだろう。
「酔って全裸で寝ていたと聞いたが? 随分と仲が良いようだ」
「……お恥ずかしい話としか言いようがない」
「元々決闘自体も連中から吹っ掛けてきたものだったが……そんな恥ずかしい連中と後日改めて決闘しろとでも言いたいのか?」
「いや、今回の決闘は中止だ。実のところ、決闘に使う器具にも幾つかの不具合が見つかっていてね。どの道、実行できる状況にはない」
不具合。再びセイルの頭の中にウルザの顔がちらつくが、まさかと思いながらもセイルはかまをかけてみる。
「不具合? まさか仲が良いあまりに決闘用の武器に不正でもしていたのか?」
「ハハハ……それは深読みし過ぎだ。単純に不具合だよ。なにしろ、使い込んでるものだしね」
「そうか。ならいいんだが」
探るような視線を向けられて、アガートは耐えかねたように咳払いをする。
「とにかく、今回の決闘は中止だ。その詫びというわけではないんだが……是非紹介したい仕事があってね」
「ああ、聞こう」
詫び、と言いながらも仕事を押し付けようとしてくる辺りは何とも言えないが、そういう前振りをするからにはある程度割のいい仕事なのだろうとセイルは先を促す。
「聞けば、君達はオークの小集落の調査に興味をもっていたそうだが」
「……まあな」
ランク不足を理由に却下された依頼だが……ゴブリンの依頼を受ければついでに行けるだけに、今となってはそこまでこだわってもいない。
「それを、君達にお願いしたいと考えている」
「あれは確か白き盾が受けていたと聞いたが?」
「その白き盾が依頼を遂行できる状況に無くてね。ゴブリンジェネラルを倒したというセイル君達であればどうかと思ったわけだ。ランクについては、私からの推薦だから今回は考慮しない」
なるほど、要は宙に浮いてしまった依頼をセイル達に押し付けようという話なのだろう。
元々白き盾……バルト達が受けた後もあの場に残っていたということは、定期的に調査をしなければならない類の依頼なのだろう。
そしてどうにも、同じトテラの森のゴブリン退治はしばらく誰も受けない状況が続いていたらしい事は分かっている。
となると、同じトテラの森のオークについてはどうだろうか?
もしかして、同じような状況になっているのではないだろうか?
「……どのくらい放置しているんだ?」
セイルがそう聞けば、アガートは僅かに肩を震わせる。
「何のことかな」
「とぼけるな。ゴブリンを相当放置していたらしい話は聞いている。オークだけ対処してゴブリンを放置しているなどというわけがない」
バルト達は、オーク小集落調査のついでにゴブリン退治を受けていた。
ゴブリン退治がそういう扱いなら、それが放置されている状況でオーク小集落調査の依頼が放置されていないわけがないのだ。
「……確かに、オーク小集落の件については一定期間放置されていたようだ。だが、オークはそこまで繁殖力は高くない。ゴブリンジェネラルを倒せるなら問題ないと思っている」
「通常の「調査」より難易度が高い事は認めるわけだな」
「殲滅の場合、金貨1枚を追加しよう」
随分とあっさりと値上げをしてきたことにセイルが不信感を抱いていると……イリーナがボソリと「金貨5枚追加」と呟く。
「んなっ、それは……」
「何が起こるか分からない状況では妥当。「白き盾」はゴブリンジェネラルに全滅しかけた。それを超えるリスクがあると考えた時、倍額は当然」
「ば、倍額なら2枚追加だろうに」
「5枚」
「ぐっ……」
アガートはしばらく悩む様子を見せた後に、「3枚追加だ」と答えて。
イリーナは即座にセイルの腕を引っ張る。
「帰るです、セイル様」
「あ、ああ」
「待て、待ってくれ!」
だが、それを立ち上がりかけたアガートが押し留め……やがて絞り出すように「……殲滅の場合は4枚。そうでなくとも1枚追加する。これ以上は無理だ」と答える。
それを聞いてイリーナは結論を求めセイルに視線を向けて。
「受けよう。ただ、隠し事は無しにしてもらいたい」
そう、答えたのだった。
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