決闘の朝2

 そのまま意地でもベッドから出なかったウルザをそのままに、セイル達は冒険者ギルドへと向かっていく。

 すでに町では店の準備を始める人間などが動き始めており、少しずつ騒がしくなり始めている。

 こんな時間から喧嘩している人間でも居るのか悲鳴や怒号なども聞こえてくるが……とりあえず関わる気もない。


「何処かで騒いでますね……」

「ああ。だがまあ、すでに治安維持担当も出ているようだ。俺達が関わるものでもあるまい」


 大人しくしろ、とかふざけた真似を……とか聞こえてくるあたり、すでに鎮圧寸前なのだろう。

 となれば、わざわざセイルが首を突っ込むまでもない。

 何処かで終わりつつある騒ぎをそのままに、セイル達は冒険者ギルドへの道を歩く。


「お、そこ行く兄さん! もう朝飯は食べたかい? まだならリンゴはどうだい?」


 店前に樽を並べていた店主が真っ赤なリンゴを取り出してみせてくるが、セイルは笑顔で「やめておこう」と断る。


「これから激しく動く予定だからな。腹にはあまり物を入れておきたくない」

「そうかい? リンゴ一個じゃ大したことないと思うがねえ」

「いや、旨そうだからな……食い過ぎてしまいそうだ。帰りに寄る事があれば買わせてもらうよ」

「ははは、そうかいそうかい! じゃあ兄さんの顔をしーっかり覚えておくよ!」


 大笑いした店主は、そのまま店の準備作業に戻っていく。普通に断られるよりは自分の店の商品を褒められた分、上機嫌なのだろう。

 実際、リンゴは真っ赤に熟れて美味しそうなのは間違いない。


「そこのお兄さん、それなら帰りにうちの店も覗いてっておくれよ。可愛い彼女にピッタリのアクセサリーもあるからさ!」

「おっと。それならうちの店もだ。お貴族様だって唸る美味い食事を作ってるぜ!」


 王族のカリスマの影響でも出始めたのだろうか。セイルに我先に声をかけようとする者が増え始め、警戒するアミルとイリーナを連れてセイルは速足で冒険者ギルドへの道を歩いていく。

 このまま丁寧に一つ一つ対応していては、いつになっても冒険者ギルドに着きはしない。

 そうして店の並ぶ通りを抜けると、冒険者ギルドの前に辿り着くが……予定よりは少し遅れてしまったという感じだ。


「はあ、やれやれ……余計な時間をくってしまったな」

「セイル様が色気を撒き散らすから……」

「そんなものは撒いてないぞ……」


 イリーナの呟きにそう反論していたセイルは、冒険者ギルドが微妙に騒がしいのに気付く。

 まさか今日の決闘騒ぎの影響か……と想像するも、どうにもそれだけでは無さそうだ。


「何かあったのでしょうか……?」

「さて、な」


 アミルにそう答えセイル達は冒険者ギルドへ入っていくが……そうすると、その場に居た面々の視線がセイルへと一気に集まる。


「な、なんだ?」


 冒険者ギルドの中に居たのは、例によって剣士やら魔法士やらと様々だが……その中に、明らかに装備が統一された三人の人間が混ざっている。

 冒険者というよりは……どちらかといえば、アミルに似た雰囲気を持っている。

 その三人はセイル達を見ると少しキョトンとしたような顔をした後に、軽い敬礼をしてカウンターへと向き直る。


「兵士か……?」

「恐らくは」


 ヒソヒソと囁き合うセイル達が何が起きたのか探ろうと考えていると、人混みを掻き分けてバルトが近づいてくる。


「おお、セイル!」

「バルトか。この騒ぎはなんだ? あれはこの町の兵士だろう?」

「ああ、駐屯兵だ。どうにもギルド職員がやらかしたらしくてな……」


 やらかした。その言葉にセイルは何か嫌な予感がするが、平謝りをしているギルド職員を見るに、どうにも相当「やらかした」ようだ。


「……一体何をやったんだ?」

「俺もこうして立ち聞きしてた程度だが……どうにも冒険者数人と、酔っ払って道の真ん中で全裸で寝てたらしい」


 しかも全員がガタイのいい男だったから相当に見苦しい光景だったらしいが……それはさておき。


「それは……なんとも……」

「どうやら金目のものは置き引きに持ってかれたようでな。金にならないギルドカードが残ってたから即座に何処の誰かが分かって、この状況らしい」


 セイルの頭の中にウルザの顔がチラチラと浮かぶが、まさかとそれを振り払う。


「ま、今日一日は牢から出てこれんだろうが……これから決闘だってのに、どうにもテンションが下がる事件だな」

「まあな……」


 一通りの話を終えたのか兵士達は冒険者ギルドを出ていくが……職員の一人がセイルの姿に気付き、足早に向かってくるのが見えた。


「あ、セイルさん。例の件でいらしたんですよね……!?」

「まあな。準備は出来ている」

「その件なのですが、そのう……中止、ということでお願いできればと」


 再度セイルの頭の中にウルザの顔がチラつくが、セイルは努めて冷静に「何故だ?」と問いかける。


「えっとですね……ご説明いたしますので、上の階に来ていただけたらと」


 上の階。そういえば確かにこの冒険者ギルドは二階建てだが、二階に昇る階段は職員専用らしくカウンターの奥に設置されている。


「すまないな、バルト。そういうことらしい」

「ああ、何となく事情は察した」


 苦笑するバルトに軽く手を振り、セイル達は職員に連れられ二階へと向かう。

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