暗殺者ウルザ2

「……ふーん? なるほど、神……ね」


 一通りの……誤魔化しも含めた説明を聞いたウルザは、そう呟く。


「そのカオスゲート、だっけ? それを見る限り、確かに神の存在を信じざるを得ないけど」

「ああ」

「まあ、それについてはいいわ。とりあえず差し当たっての問題は、その冒険者の男。間違いない?」


 セイルが頷くと、ウルザは考え込み始める。

 ちなみにだが、ベッドに座っているセイルの横でウルザは寄りかかるように座っており……直立不動で立っているアミルや、椅子に座っているイリーナはピリピリとした目でウルザを見ている。


「とりあえず、可能性としては幾つかあるけど。まずはその男が実は物凄い実力者で純粋に勝つ自信がある。これはどう?」

「そこまで強さは感じなかったがな」

「そう。なら次。実は代理が認められるか認めさせる手段があって、強い代理人にすでに渡りをつけている」


 なるほど、それは否定できない。代理が許されるのであれば、それで強い奴を雇っているという可能性は充分にある。


「あともう1つだけど……決闘自体が囮の可能性」

「囮?」

「そうよ。決闘の商品として回される以上、恐らく一時的にセイルの剣は手元から離れるわよね?」

「……! すり替えか」

「そういう事。ちなみにこの手段の場合は、冒険者ギルドとやらに仲間が混ざってるわよ」


 なるほど、確かにその可能性は高い。いや、むしろそうなると幾つかの作戦の複合という可能性すらあるだろう。

 代理の人間を立て、勝てれば良し。負けてもヴァルブレードをすり替えておけば結果的には手に入れられる……という、そんな企みだとしたら?


「だとすると……」

「ええ、そうよ。私の出番ね、セイル。貴方はツイてるわ」


 そう言って、ウルザは笑う。


「私に任せてちょうだい。全部、いいようにしてあげる」

「そうか。任せた」


 セイルがそう答えると、ウルザは意外そうな顔をする。


「あら、詳細を聞かなくていいの?」

「ウルザが聞かせたいなら聞こう。だがそんな手間が無くとも、俺はお前を信じている」


 その言葉に、ウルザはブルリと大きく震える。

 歓喜。そういった感情にも似たものがウルザの中を満たすが、セイルに勘付かれないように笑みで覆い隠す。


「ええ、いいわ。後は結果を御覧じろ……というわけね」

「そうだな。準備に金は必要か?」

「……なら、ある程度のばら撒ける金を。朝までには帰るわ」

「分かった」


 躊躇いなくセイルは5シルバーをカオスゲートから出してウルザへと渡す。


「確かに預かったわ。では、行ってくるわ」


 投げキッスをして部屋から出ていくウルザを睨んでいたアミルは、振り返ると「セイル様!」と叫ぶ。


「あんな女……信用できません!」

「だから落ち着け。ウルザは、複雑な事情を抱えてるんだ」

「事情があろうとなんだろうと、セイル様を殺そうとした時点でアウトです! 処刑です!」

「事が終わったら処刑するです……」


 先程セイルが殺されかかったのが気にくわないのだろう。

 あまりにも当然すぎる反応だし、その忠誠は有難いのだが……ここは納得して貰わないといけない。

 正直に言って純粋な戦力としては「暗殺者」のウルザよりもアミルやイリーナに頼る面も多くあるかもしれない。

 しかしウルザには所謂隠密的な働きをして貰う事も多々あるだろうし……これから仲良くして貰わないといけない。


「落ち着けと言っただろう? 癖のある人間なんて、あんなものだ。殴り合わないと分かり合えない人間だっているんだからな」

「殴り合いと殺し合いは違うと思います……!」

「同じなんだ、究極的にはな」


 セイルも違うと思うが、そこは納得して貰わないといけない。


「アミルとイリーナの忠誠は分かっている。その有難さを忘れてはいないし、非常に感謝してる。だからこそ、ウルザのような人材が必要だということも分かってもらえると思っている」


 そう言えば、アミルもイリーナも小さく呻いて黙り込む。

 お前になら理解してもらえると思っている。こう言われて、アミルとイリーナが何も言えなくなるのはある意味当然だった。

 お前は自分の理解者だと、そう言われて喜ばない臣下は居ない。しかも自分は平兵士で相手は王子なのだ。

 いわば雲の上の人にそう言って貰えた2人の喜びは如何ほどのものか。

 ウルザが許せないのは変わらないが、そんな事を言われてしまっては許容するしかない。


「……セイル様が、そう言われるのでしたら」

「はい。異論はないです」

「ありがとう」


 笑顔のセイルの言葉にアミルとイリーナは照れたように顔を赤くするが……言っているセイル自身は、自分がタチの悪いホストか何かになった気分だった。

 ひょっとすると「セイル」が口を開かなかったのはウルザの言っていたように頼り切りがどうとかじゃなくて、口を開くと人たらしになるからじゃあ……と、そんな事をちらりと思う。

 まあ、自分がセイルである今はどうだったのかと本人に聞けるはずもないし今更寡黙キャラというのもどうかとは思うので仕方ない。


 ウルザの「仕事」の成功を祈りながら……セイルは、小さく息を吐いた。

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