暗殺者ウルザ

「くっ……!」


 ナイフを振るってくる腕を弾き、セイルはほぼ反射的にウルザを床へと投げ飛ばす。

 ひょっとするとセイルの「武芸に優れる」という設定が肉体に反映されているのかもしれないが……そんなセイルの反撃にウルザは背中を打ちつけてカハッと息を吐く。

 そしてその瞬間には、アミルがその喉元に剣を突き付けていた。


「……相変わらず強いわね、王子」

「そうでもない。ヒヤッとした」


 実際、勝てたのはセイルの肉体性能のおかげといっていい。

 ウルザは腕利きの暗殺者という設定だし、実際にアミルは反応できていなかった。

 もしセイルは凡庸な男という設定であれば……ここで死んでいたかもしれない。

 それを考えると、かなり本気で背筋が寒くなるのを感じていた。


「そんな謙遜も言えるようになったとはね。私、貴方は何があっても喋らないんだと思ってたわよ?」

「使命感で一杯だったからな。少しでも威厳を出そうと思ってたんだ」


 勿論嘘だ。そんな設定はないし、何故イベントシーンでセイルが頑なに喋らなかったのかは明かされてすらいない。

 セイルの分の声優を雇う予算でヒロインの予算を1人分出せるからだとかいう話もあったが、それが本当かどうかは分からない。

 ともかく、セイルは確かに寡黙キャラだった。


「……で? 正直状況が分からないんだけど。説明してくれるのよね?」

「何を言ってるんですか……貴方は処刑に決まってるでしょう!」


 剣を突き付けるアミルは今にも刺しそうだし、イリーナも殺気に満ちている。

 しかし、ここでウルザを殺させるわけにはいかない。


「まあ、落ち着け。今のは彼女なりに必要な儀式だったんだ」

「……セイル様?」


 訝しげなアミルの視線に、セイルは頭の中でウルザ関連のストーリーを必死で思い返す。

 確か……ウルザは帝国の民ではなく、何処か東方の民族出身だったらしい。

 モンスターで世が荒れる中では荒事でしか身を立てられず、それでも活躍する度に裏の仕事へと墜ちて行った。


 そうした中にあって、セイルの暗殺によって取り立てると約束した「帝国」との約束は魅力的で……しかし、失敗した。その後セイルの仲間になるまでのストーリーは欠けている、が……。

 そうだ。確かガチャで仲間になった時の言葉は「拾ってくれてありがとう」だった。


「ウルザは俺に負ける必要があった。他ならない俺に倒されて、諦める必要があったんだ」


 この仕事は遂行できない。だから、諦めるのも仕方ない。そういうシンプルな……ある意味子供じみた「理由」がなければ、もうウルザは止まれなかった。


「裏切られたんだろう? 帝国に」


 その言葉に、ウルザがピクリと震える。その反応にセイルはやはりと確信する。

 ストーリーが欠けていたのは、ウルザが帝国に切り捨てられたからだ。

 ガチャという運命の導きで仲間になるような事でもなければ、そのまま忘れ去られるような運命。

 そういうものをウルザは課されていたのだ。


「此処には帝国もない。何も無いが……その代わり、新しい人生がある」

「言ってる意味が分からないわ」

「そうだろうな。でもこの瞬間、お前が理解するべきなのはたった一つだよ」


 手でアミルの剣をどけ、セイルはウルザを抱き起こす。


「俺の仲間になれ、ウルザ。君が俺には必要だ」

「……本気で言ってるの?」


 そんな問いかけに、セイルは……ウルザが知っている「セイル」のように、黙ってコクリと頷く。

 セイルの瞳をウルザはじっと見つめ……やがて、身体から力を抜く。


「……そう、ね。私じゃ貴方にはどうやったって勝てない。雇い主もこうなった以上、私を処分しにかかるでしょう。貴方に拾われる他、ないわね……」

「セイル様、私は反対です! こんな女……危険です!」

「私も、そう思うです……」


 そんな当然のことを言うアミルとイリーナを黙ってじっと見ると、2人はやがて「うっ……」とどもりながら俯いてしまう。


「ふふ、その眼力っていうかカリスマっていうか……それも相変わらずなのね。何も言わずとも語ってしまう。それに頼りっきりだった貴方とは違う……か」

「さっきは寡黙だった方が良かったとか言ってなかったか?」

「それはそれ、よ」


 悪戯っぽく笑うウルザにセイルが困ったような笑みを浮かべると、ウルザはそのままセイルに抱き着いてくる。


「あー! こ、この無礼者……!」


 それを見てアミルが叫ぶが、ウルザは気にした様子もない。


「何よ。王子は嫌がってないでしょ? 愛人のつもりか知らないけど、干渉しすぎは良くないわよ」

「あいじっ……」


 顔を真っ赤にしたアミルの反応を見て満足したのかウルザは「冗談よ」と言うが……アミルは剣を握りしめたままブルブルと震えている。


「……ウルザ。アミルは真面目なんだから、あまりからかうな。それと俺の事はセイルでいい。何度も言うが、この世界には帝国はないんだ」

「そういえば、さっきも言ってたわね……いいわ、我が主セイル。私が此処にいる事を含め、状況を説明して貰えるかしら?」

「ああ、まずは俺がこの世界に来てからの状況だが……」

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