トテラの森4
しばらく仲間の頬をペチペチと叩いていたサーニャ達だったが、それでようやく目を覚ましたのだろう。
「うう……」という声をあげながら倒れていた男達が起き上がる。
一人は、重装備の戦士らしき男。恐らくは盾役なのだろう。近くには盾も転がっている。
一人は、軽装備の、やはり戦士らしき男。こちらはナイフが地面に刺さっているのが見える。
最後の一人は、魔法士らしき男だ。こちらは杖を手放していない。
「す、すまない。あのゴブリンは……上手く逃げ切れたのか?」
そんな事を言いながら立ち上がった重戦士の男は周囲を見回し、両断されたゴブリンジェネラルの姿にギョッとして背後の木に頭をぶつける。
「な、なんだ……? 誰が……」
言いかけて、男達はようやくセイル達の存在に気付いたらしい。
「随分高そうなもん着てやがる……騎士団、じゃねえよな。お貴族様か?」
軽戦士の男がそう言えば、魔法士の男もじっとセイル達を見る。
「かなりの魔力量だ。的外れでもないかもな」
だが、なおも何かを言おうとする男達の頭をサーニャが順に拳で叩いていく。
「ぐおっ」
「いてっ」
「ぐっ」
「まずはお礼でしょ! この人達が助けてくれたんだから!」
「そうですよ! セイル様達がいらっしゃらなかったら……!」
サーニャとペルナに言われ、男達はようやくバツが悪そうに「すまない、ありがとう」と言い始める。
そして重戦士の男はセイルの前まで進み出ると、手を差し出してくる。
「本当に助かった。俺は「白き盾」のリーダー、バルトだ」
「セイルだ。あちらはアミルとイリーナ。礼は要らない、当然のことだ」
「そう言ってもらえると気が楽になるが……今どき珍しいな」
本当に何処となくほっとした様子のバルトに、セイルは疑問符を浮かべる。
人としては当然のような気がするのだが、ひょっとすると救援には何かしらの報酬があるのだろうかと疑問になったのだ。
「珍しい、か? すまないが、なり立てなもんでな。作法には詳しくない」
新人だからと誤魔化してみれば、バルトはすぐに納得した表情になる。
「そういうことか。作法ってわけじゃないんだが……助けられたら報酬を払うべきって風潮もあってな。トラブルの原因にもなったりする……いや、セイルみたいなスレてない人間からすれば呆れた話かもしれないんだが」
「ああ、なるほどな。命程値段のつけにくいものもない……トラブルにもなるだろうな」
冒険者である以上、金を稼ぐ為に冒険に出る。
しかし出先で助けられた礼が報酬額を上回ってしまえば金が手に入らず生活できない。
助けた側としても「お前の命の値段はこの程度か」という気持ちも当然あるのだろう。
助けるのにも当然リスクを背負っているのだ。
「正直、うちのパーティも懐事情がいいってわけでもないからな……オークの集落調査のついでに簡単なゴブリン退治の仕事で手堅く稼ぐつもりだったんだが」
「ゴブリンジェネラルとやらに会うのは初めてだったが……災難だったな」
気遣うようにそうセイルが言えば、バルトは苦い顔になる。
「ああ、全くだ。まさかジェネラルに進化した個体が出ているとは思わなかった。キングになっていなかったのは救いだが、この様子だとゴブリン退治の依頼はしばらく受ける奴がいなかったのかもな……」
「まるでゴブリン退治の依頼は常時あるように聞こえるが」
そんなセイルの疑問にバルトはきょとんとした様子を見せた後「ああ」と納得したように手を叩く。
「そうか、新人なんだったか。その通りだ。ゴブリン退治は常時掲載されている。何しろ連中、すぐに増えるからな。下水道の大ネズミ退治と同じで常時依頼にしないと駆除が間に合わないんだ」
「しかも進化するから……か?」
「そういうことだ」
頷くバルトだったが、そうなるとセイルには新しい疑問が湧いてくる。
「だがそうなると、ギルドはどうしてゴブリン退治の依頼をもっと受けさせないんだ? 暇そうにしてる連中は大分居たように思えたが」
「簡単だ。そういう連中は用心棒とかの仕事狙いなんだよ。町中で比較的安全に稼げるからな。あとは護衛だな。報酬が高いし、危険手当もある。モンスター退治より割が良い」
「……なるほど」
つまりモンスター退治は「割が良くない」仕事なのだろう。
セイルからしてみればモンスターを倒せば自動で金も入るし経験値も入る。
しかしこの世界の一般冒険者からしてみればそうではない。
「とにかく、俺はサーニャ達から帰り道に同行するように頼まれている。夜になる前に森を抜けよう」
「そんな事まで……いや、重ね重ねすまない。大した礼も出来そうにないというのに」
「要らないと言っただろ。困った時はお互い様、だ」
セイルがそう返せば、バルトは虚を突かれたような顔になる。
「困った時はお互い様……いい言葉だな。他の連中に聞かせてやりたいよ」
「そうか?」
言いながらもセイルは失言に気付く。何の考えも無しに格言を使ってしまったが、異世界にそんなものがない可能性を全く考えていなかったのだ。
「とにかく、セイルの言う通りだ。すまないがセイル、俺と一緒に前衛を頼めるか? そっちの剣士のお嬢さんには後衛の守りを頼みたい」
「いいのか? まだ戦える身体でもないように見えるが」
そう、バルトの顔色はまだ悪い。他の男達も大体似たようなものだ。全力には程遠いだろう。
「問題ない、とは言わないが。そのくらいはやらないとな」
「そうか。アミル、聞いていたな!」
「はっ!」
反射的に跪くアミルが一瞬「やばっ」という顔をするが、バッチリ全員に見られていて。
集まる視線に耐えかね、セイルは思わずふいと顔を逸らすのだった。
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