王国魔法兵
「……王子?」
「ああ。よく来てくれたな」
何処となくぼーっとした様子の魔法兵の少女は、セイルとアミルを見比べ首を傾げる。
「よく覚えてませんが、どういう状況ですか?」
「そうだな。追々説明していくが、俺達はこの「異なる世界」でやっていかなければならない……ということだ」
「なるほど……」
魔法兵の少女は何かを納得するように頷き、その場に跪く。
「全然分かりませんが、王子のご無事をお喜び申し上げます。仕事は果たしますので、難しい事は上の方々に投げさせていただければと」
そんな事を言った後、魔法兵の少女は周囲を見回す。
「それで……王国軍の本隊は何処に? 近衛の方々はいらっしゃらないのですか?」
「王国軍は居ない。この場にいるのは、俺達だけだ」
「え」
魔法兵の少女は慌てたように立ち上がり周囲を見回すと、一筋の汗を流す。
「えっと……何故、ですか?」
「此処が違う世界だからだ。俺の持つこのカオスゲートで仲間を呼ぶ必要があるんだが、必ず呼べるとも限らん。そして呼び出したのがこのアミルとお前……あー、そういえば名前は?」
「え、あ、はい。私はイリーナです。ということは、私とそこのアミルで王子をお守りせよ、と……」
「そういうことだ。といっても、俺も戦う。然程心配は要らない」
言いながら、セイルは鉄の杖を取り出す。
「これを使え。その杖よりは高性能なはずだ」
「はい、有難く拝領します」
鉄の杖に持ち替えるイリーナを見ながら、セイルは手持ちの杖を確認する。
今あるのは星1の木の杖とイリーナに渡した鉄の杖、そして星2の鋼の杖だ。
杖は実は面倒な武器で、魔法攻撃力のみを高める「木」系統の杖と、魔法攻撃力では木製に劣るが僅かな物理攻撃力、そして物理防御力を高める金属系統の杖が存在する。
カオスディスティニーでは魔法兵は魔法を撃つので物理攻撃力など上がっても何の意味もなかったのだが、此処は現実だ。
多少でも上げておくことで接近された時の対抗手段が出来るのはいいことだ。
星2の鋼の杖を温存しているのは次いつ星2が出るか分からないからだが、これはつまり現在の星2の排出率を考えると鉄の杖の方が将来性がありそうだからでもある。
この辺りは、今後次第だ。
「本当はローブもあるんだが……此処で着替えろと言うわけにもな」
「……そうですね。流石にこんな開けた場所で脱ぐのはちょっと」
アミルは鎧の下に服を着ているからいいが、イリーナはそういうわけにもいかない。
「よし、では出発するぞ」
「はい!」
「はい」
アミルとイリーナの二人を連れて、セイルは歩く。
平原をもうしばらく歩けばトテラの森に着くが、この辺りは本当に何もない。
ウサギが一匹こちらを見ている程度で、実に平穏だ。
「見ろ、二人とも。ウサギだ」
セイルの示す先を見て……しかし、アミルはハッとしたような顔になる。
「セイル様、お下がりを!」
アミルがそう叫んだ刹那、ウサギはセイル達に向かって走り出す。
その額からはニュッと生えるように一本の角が飛び出し、恐ろしい勢いで接近してくる。
「この……!」
アミルが剣を抜き走る。全く勢いを緩めない角ウサギを地面を削るような一閃で斬ろうとするが、角ウサギは速度を落とさないままに剣を避けセイルへと向けて走る。
「しまっ……」
「来るか!」
だが、セイルもすでにヴァルブレードを引き抜いている。
あの角ウサギがセイルを狙ってくるならば、その瞬間に隙が出来るはず。
それを見逃すまいとセイルはヴァルブレードを構えて。
「……ダーク」
そのセイルの横から突き出された杖が輝き、角ウサギを黒い球体が呑み込んだ。
「ピギイッ!」
避ける事を許さぬ速度で広がった黒い球体に呑まれた角ウサギは、そのまま何も残さずに消滅してしまう。
「ご無事ですか、王子」
「あ、ああ。今のは……」
すっと引かれた杖の先へと振り返ると、そこにはぼうっとした表情のままのイリーナが立っている。
「闇魔法ダーク、です。大した事のないもので申し訳ありませんが……」
「いや、そんな事はない。素晴らしい魔法だった」
顔を僅かに赤くするイリーナを撫でながら、セイルはゲームの事を思い出す。
魔法系統のユニットにはそれぞれ専用の魔法攻撃モーションがあったが、汎用ユニットである「魔法兵」はファイア、アイス、アースなどの魔法が設定されていた。
それぞれ凝っていないエフェクトが設定されていたが……その中でもダークはライトの色違いで設定された「広がる球」のエフェクトだった。
それが現実になると、こんなに恐ろしい魔法となるのだろうか。
先の方でぽかんと口を開けていたアミルは慌てたように走って戻ってくるが、そのアミルが何か言う前にセイルは「よく気付いてくれた」と褒める。
「えっ。け、けれど私は……」
「いや、お前があのウサギが敵だと気付いたから対処できたんだ。凄いな」
「い、いえ! なんとなく普通のウサギでは有り得ないような殺気を感じたもので」
その言葉にセイルがイリーナへと振り返ると、イリーナもコクリと小さく頷く。
「そ、うか……」
セイルは何も感じなかった。いや、もしかするとセイルにもその能力があって、使えていないだけかもしれない。
その辺りの検証はしなければならないが、今は二人が想像以上に頼りになると分かっただけで充分だ。
「幸先がいいな……今ならガチャを」
「それは待ってください、セイル様」
カオスゲートを懐から出そうとする手をアミルに押し留められ、セイルは渋々とカオスゲートから手を離した。
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