チュートリアル戦闘を適当にやると、結構後で後悔する
「ギイイイイイ!」
セイル達に気付き叫ぶゴブリンは、中々追いつけない馬車からセイル達へとターゲットを変更する。
その手に持った剣を振るい、襲い掛かるが……セイルの振るうヴァルブレードの一撃で、まず一体が両断される。
「ギイ、ギイ!」
「てえやあああああ!」
続けて剣兵少女の鉄の剣による一撃がゴブリンを斬り倒し、その間にもセイルはもう一匹を斬り倒している。
「ギイ、ギギイ!」
「ギイア、ギイ!」
一気に仲間が三匹倒されてしまったことにより、残ったゴブリン二匹は慌てて逃げていく。
その動きには迷いがなく仲間の仇を討とうとか、そういう気概は一切見られない。
「あ、こら!」
「待て、深追いはするな!」
ゴブリンを追おうとした剣兵少女は、セイルの声に「はい!」と答えピタリと止まる。
それでもゴブリンが戻ってこないか警戒しているが……どうやら本気で逃げているゴブリン達の姿は、みるみるうちに遠くなっていく。
その様子を見てヴァルブレードを鞘に納めると、セイルはふうと息を吐く。
初戦闘。前の人生も含めて殺し合いなど初めてのはずなのだが、不思議と忌避感はなかった。
自然と身体が動いたし、ゴブリンを斬る瞬間にも斬った後にも、何かを感じはしなかった。
これもあの少年神が健をセイルに改造した影響なのだろうが……正直、助かるとしか言いようが無かった。
それに今回の戦闘は、セイルとしては得るものが多かった。
「大丈夫か?」
「は、はい! 王子の手まで借りてしまいまして……」
「そんなものは構わない。それに今の俺のことはセイルと呼んでくれ……王子と呼ばれると面倒だしな」
離れた場所に止まった馬車にセイルが視線を向けると、ハッとしたように剣兵少女は頷く。
「わ、分かりました! ではせ、せ……セイル様、と」
「……まあ、それでいいか。俺は君の事を何と呼べばいい?」
「い、いえいえ! 私はただの一兵卒で……」
「いいから、早く」
馬車から降りてきた商人らしき男を見ながらセイルが急かすと、剣兵少女は顔を赤くしながらも「で、では……アミル、と」と答える。
アミル。カオスディスティニーの中で、星1のモブユニットにそんな細かい名前設定などはなかったが、今剣兵少女は自分の名前を迷わずに答えた。
これも少年神がこの世界にカオスディスティニーを持ってきた影響なのだろうが……その剣兵少女アミルも、予想していたよりずっと強かった。
ゴブリンはカオスディスティニーにも居たが、レベル1の王国剣兵では2、3回ほど攻撃しないと倒せない相手だった。
だが現実としてアミルは一撃でゴブリンを倒している。これは嬉しい誤差ともいえる。
「いやいやいや、ありがとうございました!」
今の戦闘から情報分析をしていたセイルの下に、商人が笑顔を浮かべながら走ってくる。
ひょろりと痩せた中年……といった印象のその商人の男はセイルとアミルを見比べると、セイルの方が上と考えたかセイルへと露骨に媚びた笑顔を向ける。
「あのゴブリン共をああも簡単に撃退してしまうとは、さぞ高名な方とお見受けします。貴方達が居てくださらなければ私達はどうなっていたことか!」
「いや、構わない。ああいうものを見殺しにするのは、いかにも寝覚めが悪いからな」
「おお、なんと高潔な!」
あからさまに持ち上げてくる商人にセイルは僅かに警戒を抱く。
命の恩人なのは確かだが、こうも見え透いたお世辞を言われると何を持ちかけてくるのか自然と警戒する。
「あ、申し遅れました。私はビッツベルト商会のペグ・ビッツベルトと申します。あっちで御者をやっておりますのは、弟のデク・ビッツベルトでございます」
「兄弟だったのか」
「ええ、お恥ずかしながら」
あまり似ていないな……という言葉をセイルは飲み込む。
ペグと比べると御者のデクは筋肉がしっかりとついており、表情にも真面目そうな雰囲気がある。
今も離れた場所で馬を宥めているようだが……近寄っては来ないようだ。
「俺はセイル。こっちはアミルだ」
ビシッと直立不動で後ろに立っているアミルをちらりと見つつも、セイルは「もう少し自然にしておけと言えばよかったな……」と後悔する。
王子であるセイルに対して兵士のアミルがああしているのは普通ではあるのだろうが、正直非常にやりにくい。
ペグの視線も何やら興味しんしんなものになってきているので、セイルは早めに話題を転換する事にした。
「しかし、こう言ってはなんだが……護衛はつけていなかったのか?」
「いえいえ、とんでもない! 冒険者ギルドから三人も雇っておりましたとも!」
「その割には、護衛の姿が見えないようだが……?」
こうして話をしていても、他に居る人間はデクだけにしか見えない。
何処かに隠れているような様子は見受けられないし……まさか護衛が馬車の中に潜んでいるというわけでもないだろう。
「あー……その、ですね。ゴブリンに襲われた時に全員……」
「やられたのか」
「いえ、その……逃げ出してしまいまして……」
「……はあ?」
思わずそう聞き返してしまったのは……あまりにも当然の反応だっただろう。
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