第3話 セカンドミッション‐咲かない桜‐前編

 響は家に戻ると、次のミッション開始通知が届いたことを確認して眠りについた。

 朝日が昇り、いつものように支度をして家を出ると何故か知多が玄関の前で待っていた。


「おはよう!」と玄関を出てきた響に知多は挨拶をする。


(どうして家の前で待っていたのだろう……いつもなら校門前で顔を合わせるぐらいなのに……)

 響はそう疑問に思いながらも知多へおはようと返す。


 通学路にある大きなドームに設置された桜並木を通りかかると、一本の桜の木の前で佇んでいる小さな女の子の様子が二人の目に入った。


 ちなみに、ここの桜は一夜桜いちよざくらという呼称で親しまれている。

 その名の通り夜中に芽が出て、朝方から花が咲き始め、昼から夕方にかけて満開となり夜に散るという桜である。

 珍しい品種でこの桜を見られるのは日本国内において唯一この場所のみだった。


 ここには一本だけ他の一夜桜と違ってなぜか咲かない桜があり、植え方も品種も同じなのに、枝のみがすくすくと成長を続けているのだ。

 何故この桜一本だけ花を咲かせないのか、誰が植えたのか、理由などを知る者はいなかった。

 最初は咲かない桜に疑問を覚え、皆が同じように眺めていたのだが、長い年月そのままの状態だったため、それが当たり前の光景であり、咲かない桜に皆興味を失い始め、気にかける者がいなくなっていたのも事実である。


 その一本の咲かない桜の木の前で佇む女の子に二人は違和感を覚え、知多が「どうしたの?」と駆け寄ると響もそれに続く。


 桜の木の前で佇む少女は、明石凛あかしりんと響らに名乗った。

 年は八つで背中まで伸びた長い髪、クリッとした瞳が特長の可愛らしい女の子である。


 凜はある程度自己紹介をしたあと「この桜ね。私のお母さんとお父さんが植えたんだー」と響らに向かって話始める。

 冒頭から長年の疑問を払拭するかのようなその言葉に、知多と響は興味を惹かれ始めた。


 聞けば凜の両親は海外で仕事をしているため、凜は母方のお婆さんと二人で暮らしているらしい。

 凜の両親は科学者で、一夜桜をこの世に産み出したのも凜の両親であるという。

 どうやら凜の両親が今日海外から一時帰国するらしく、この咲かない桜の様子を見に来るらしい。

 それでこの場所にと二人が納得していると、凜がふいに「お姉ちゃんたちは学校の時間大丈夫なの?」と問いかける。

 腕時計が指す時間を見た響は「まずい!」と慌てて、凜へ「両親が戻ってきたら詳しく話を聞きたいな。今日は一日中この場所にいるの?」と聞くと、凜は「うん。今日はずっとこの木の前にいるよ!お父さんもお母さんも帰ってきたら夜中までずっと木の様子を見ていると思う。でも忙しいと帰ってこられなくなっちゃうみたいだから、来た時に二人ともいなかったらごめんね」と返した。


 一夜桜のドームを抜けて急ぎ足で学校へ向かう道中、知多は響に「楽しみだね!」と声をかける。

 その言葉に響は「ああ!」と一言、目を輝かせながら駆け出した。


 学校に辿り着き、授業を受け昼休みになると、響は電子図書室に向かう。

 図書室に辿り着くと、響は端末を操作して一夜桜の書籍を探り始めた。


「この本の著者……凜の苗字って確か明石あかしだったよな……」と響が呟くと、急に後ろから「そうだよ!」と知多の声が聞こえた。


「急にいなくなったから、どうしたのかと思って後をつけてみたら、想像通りでしたねー響さん!」

「ああ……どうしても気になって」


 響が端末の操作を再度始めると、響に続いて知多も端末を覗き込み始める。


「この本の著者、明石って苗字だね。凜ちゃんと関係あるのかな」

「かもしれないな。今まで気にしていなかったけど、研究記録が書籍になっているみたいだ」


 響が書籍を読み進めていると、凜が急に悲しそうな顔をして話始める。


「凜ちゃんのお父さんとお母さんって、この咲かない桜を咲かせる方法を見つけるために海外へ行っているみたいだね……待たされている方はきっと寂しい筈だよ。桜だって何年も咲かない状態だし、咲かないとずっと両親に会えないままじゃない。凜ちゃんはああやって明るく振舞っているけれど、絶対寂しいと思う」

「お前らしいな……」


 響が知多のことを気にかけている理由は、こういった母親のような優しい一面を垣間見ることができるためであった。

 ただその優しさは時にお節介に変わり得ることもあり、幾度かそれが原因で人に嫌われることもあって、幼少からの付き合いである響は、全てを知った上で彼女の手助けをしてやりたいと思い、遠すぎず、近すぎずの距離感で付き合いを続けていたのである。

 ある種、親心というものであろうか。

 響自身は、そうは思っていないのかも知れないのだが、知多はたまにお父さんみたいだと響に向かって発言することもある。

 友達以上であり、恋人未満である。

 この言葉だと友達の発展形になってしまうため間違った表現だろう。

 恋人同士にはならない絶妙の距離感という表現がここでは正しいのかも知れない。


「響は気付かなかったかも知れないけど、あの子会話の端々で両親のことを話すたびに少しだけ遠い目をして寂しそうな感じがしたの。二人とも全然帰ってきてないんじゃないかな……会話の最後に忙しいと帰って来られないときもあるって言っていたし、忙しい状況がずっと続いていなければよいのだけれど……」


「そうだよな。あの咲かない桜は俺らにとっては当たり前の光景で、普段の何気ない日常に変わりなかったけど、あの子にとっては唯一気持ちだけで両親と繋がっていられる特別な場所に変わりない。家からずっと毎日あの桜の木を眺めていたんだろうな。両親が戻ってくるかも知れないときは、ああやって外でずっと待っているのだろうし……」


「今日、両親が戻ってこないと、きっとあの子悲しむと思う」


 何も言わず書籍を見つめる響に知多は続けて話始める。

「私、あの子に何かしてあげられることはないかな」


 ――その時だった。


『緊急速報――JLAL〇八七便――飛行中、操縦系統の多くを損失により墜落!乗員乗客の安否確認を開始』


 速報が脳内に流れると、映像によるニュースが流れ始める。

 アナウンサーが慌ただしく動き回る様子が見て取れた。

 死亡者の数が発表され、乗客の中には有名な作家や研究者が乗っていたらしい。

 死亡した人の氏名が発表されると、見覚えのある名前が響と知多の脳裏に映る。


「小野……白木……明石小春、明石一輝!本の著者って明石一輝だったよな」

「響、これって……」

「ああ、凜の……両親だ」


 その言葉を聞いた瞬間、知多が図書室の扉へ体当たりするように開き、駆け出す。

 響もそれに続いて図書室を飛び出した。

 二人は校舎の階段を駆け下りて閉まっている校門のバリケードを飛び越える。

 

「知多!おい知多!!」

 知多を追いかけながら声をかける響へ、一度も振り返ることなく、知多は凜の元へ走りだす。

 振り返らずとも響には知多の息遣いから、知多の心情を窺い知ることができたのだろう。

 数度呼びかけをおこなっても振り返らない知多に、それ以上響が声をかけることはなかった。


 暫くすると体力がもたなかったのか、知多が走るスピードを緩めて急に立ち止まる。

 泣いているのか顔をあげることなく、響に向かって苦しそうな声で呟く。

「ねえ、響……あの子ずっと楽しみに待っていたのに……こんなのってないよ!酷いよ……」

 知多の震える肩に両の掌を乗せながら、何か決心をしたかのように響が返す。

「ここで立ち止まっていても仕方がない。早くあの子の所へ行こう」


 知多が目を擦りながら頷くと、今度は響が知多の腕を引きながら走り出した。

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僕は一日に三度嘘を吐く Mirai.H @wandering_life

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