幕間 3

「――随分と苦労なされたようですね」

 私達が辿りついて数日。

 適切な処置のおかげで、気分も随分と落ちついていた。

 私に割り当てられた小さな個室のベッドの上で腕の感覚を確かめる。殆ど動かなかった右腕は、滑らかに指先が動くほどにまで回復していた。

「ここに辿り付けたので、苦労の甲斐があったと言えると思います」

 とはいえ処置はまだ途中の段階で、出来る事と言えば窓の外に広がるシェルター内の景色を眺めたり、時折様子を見に来るスラウに道中の話を語り聞かせる事ぐらいだった。

「それで、次のシェルターには何時頃いつごろ?」

「途中追い風に吹かれた事もあって、二日も掛りませんでした。出発がお昼だったので、朝に出発出来ていれば実質一日で辿り付けたと思います。ただ……」

「ただ?」

「門前払いされてしまいました。当然、ですよね。何処のシェルターも今抱えている避難者を管理するので精いっぱいだっただろうと思います。私達は仕方ないと割り切って、直ぐに次のシェルターに足を向けました」

「となると、過酷な道のりになったのではないですか?」

「……はい。内陸部の気候を私達は全く知らなかったので。突然冷気に見舞われたと思った途端、地面に霜が降り始めた時は大変でした」

「どうやって凌いだんですか?」

 興味津々の様子で、彼は問いかけてくる。彼の手には小型のレコーダーが握られていて、録音中を告げる赤いランプが点滅していた。

「何とか、建物の残骸に潜りこんで、テントを広げました。殆んど寒さは軽減できなかったんですけど、寒波は半日で通りすぎてくれたので、命拾いした形ですね。寒波が過ぎて、外に這い出ると外が一面霜に覆われていて。エリス様が『綺麗』って仰って、吐く息が白くて……」

「大変だったでしょう?」

 私は「ええ」と呟き、しかし小さく首を振る。

「思いのほか、この光景に助けられた部分はありました。私達は長い間、砂の荒野しか見ていなかったですから。うっすらと銀色に染まった世界を歩くのは、まるでおとぎ話の中に居るようで」

 そう、あの時エリス様は『これが雪だったらいいのに』とはしゃいでいた。私は『山に近付けは雪に変わるかもしれません』と言って、しかしその裏では雪が降らない事を願ったのを覚えている。

 雪なんて降った日には、足がより遅くなり、下手をすれば凍死の可能性まで出てくるからだ。

 それに私は知っていた。

 大気が汚れ果てた今、舞い落ちる白い雪なんて望めない事を。

「三つ目のシェルターに到着するのには、それから一日ちょっと必要でした」

 そして、私達は辿りついたのだ。

 あの忌々しい場所に――。


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