幕間 2
シェルターに入るまでに、一通りの検査が待ち受けていたが、幸いな事に病原菌の反応は無かった。
「緊急時にも拘らず、お時間を取らせて申し訳ありません」
案内役の男性が狼狽した表情で駆け寄って来た。
灰と茶色が斑になったローブの下に、薄手のカーキ色のシャツを着て、色落ちした緑のズボンを履いている。長い間、着潰しているのか、所々に解れと修復の後が見えた。
彼の右胸元には、スラウ・マクガイルという名が刻印されたネームタグが光っている。
「早く、エリス様を」
「分かっています」
扉が開いた先には、数人の屈強な男が待ち構えていて、手早くエリス様をストレッチャーに乗せた。横にはもう一台、私用のストレッチャーが用意されていたが、私は左手を上げて「大丈夫です」と断った。
運ばれていく彼女の姿に一応の安堵を覚えつつ、私は改めてスラウに向き直る。
「迎え入れて頂き、感謝します」
「とんでもない。自己紹介が遅れました。私はスラウ・マクガイルと申します。ここでは主に建築補強等の分野を担当しています」
差し出された手に、私はおずおずと左手で握手を交わす。見た目にそぐわず、研究者のはしくれの様だ。
「しかし、ここに避難者がやってくるのは三年半ぶりだ。よく、あの砂嵐を抜けられましたね?」
「必死でしたから。……えっと、私はジュゼと申します」
彼の先導に従い、大きな扉を潜る。
その先に広がる光景に目を奪われ、驚きの表情を隠せなかった。
「随分と、綺麗な所ですね……」
最初に抱いた感想はそれだった。
今まで見て来たどれよりも、奥に広がる景色は綺麗で、穏やかだった。
外から見えていたのは、シェルター上部の約三分の一だったらしく、せり出した足場の上から、すり鉢を逆さにしたかのような広大な敷地が見下ろせた。
ドームの内壁には
街の中心部には、四年近くお目にかかっていなかった緑の巨大な木が四本、葉を生い茂らせていた。どうやら、それで空気清浄化の一部を
一般に大木と呼ばれる物より更に一回り大きなそれは、恐らく火星のテラフォーミング計画の一旦として研究されていた
こんな形で使用する事になるとは、当時の研究者たちは考えもしなかったに違いない。
土台、火星への移住なんて夢のまた夢だったのだ。己の惑星の環境すらろくにコントロールできない人間が、より過酷な環境下にある火星の環境を整えられる筈が無かった。
尤も、今更そんな事を嘆いても仕方が無い。
人類は今、ゆっくりと死に絶えようとしているのだから。
「それでは、下に参りましょう」
先にエリス様を下ろしたのか、直通のエレベーターが上がってくるまでに少し時間が
私はゆっくりとした足取りで、先導に案内されるままに街の内部を進んで行く。中の建物は
「見た事の無い、作りですけど……」
「あれですか。ミツバチ建築と言って、簡単に言えば六角形のハニカムコンテナを積み上げただけなんですけど、衝撃や防音に優れているんです。ここにも、シュタインバーグ夫妻の研究成果が織り込まれているんですよ」
「本当ですか?」
シュタインバーグ夫妻。つまりは、エリスの両親の事だ。
「二人は、今どこに?」
「……ご健在ですよ。今は中央研究室に居らっしゃいます」
私は喜びの余りに緊張の糸が切れかけるが、何とか気を持ち直す。
「会えますか?」
「その前に、まずは傷を。その腕、もう殆ど動かないでしょう?」
「そ、そうですね。直すのが先、ですよね」
ここまでたどり着いたのだ、焦ってはいけない。それに、二人に会いたがっているのは私よりもエリス様の方だ。私が彼女より先に面会して何の意味がある。
そうして私達は、大きな長方形をした建物の前に辿りついた。建物の天辺付近には申し訳程度に赤いペンキで十字が描かれている。どうやら、ここが病院らしい。
中に入ってなるほど、消毒液を薄めたような妙に鼻の詰まりそうな香りが充満しているのが分かった。入り口奥には小さなエントランスホールがあり、病院と言うより銀行のロビーに近い。
スラウは真っすぐカウンターへ向かい、予め話を通していたのか、ほぼ素通りに近い形で私を建物の奥へと案内する。私は半ば困惑気味に、後に続いた。
「あ、あの?」
「分かってます。この一帯は研究区と直結していまして、病院と研究所が一体になっているんですよ」
「そう、なんですか?」
考えてみれば、こうしてシェルターの内部に小さな街が形成されているのも他と異なっている。大概のシェルターはそれ一つが大きなマンションの様な、無駄のない階層構造だ。
それを考えれば、広々とした空間が演出されているこのシェルター内部において、一つの施設の中に複数の機能が押し込められていても不思議ではない。
「どのくらいの人が、ここで生活しているんですか?」
「ざっと百十四人ですね。少ないと思われるかもしれませんが」
「いえ、むしろ多いくらいだと思いますけど」
「先日、一人子供が生まれましてね」
「……子供、ですか」
「みんな、生きる希望を捨ててはいないと言う事ですよ。そして、我々も何とかこの状況を打破できないかと日々研究を続けています」
彼は酸いも甘いも経験した上での疲れた笑みを浮かべる。
しかし、その表情に後悔や絶望の色は無く、希望が溢れているとさえ感じた。
そう、ここは今まで見て来た場所と決定的に違う。
私達が見て来たのは、もっと
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