終章 大切なもの

 瞼を開けた高谷は、その場所が一体どこなのか解らず、呆然とするように声を上げた。

「どこだ? ここは……」

一面に広がる平原。薄暗闇な空。そしてどこからか笑い声が近づいてきていた。その笑い声は次第に大きくなる。高谷は何事かと周りを見回す。ただ、笑い声が響く。その薄気味悪さに段々自制心を失ってゆく自分自身に、冷静なれと言い聞かせる。すると、笑い声を上げていた主が、高谷の目の前にいきなり姿を表した。

「人間見つけた。その目玉ちょうだい」

 一目見てすぐに解った。声の主は百目童子。

「う、うわぁ! 何なんだよ!」

 百目童子の出現に尻餅をつき、持っていた刀を落として高谷はその場から逃げ出す。

しかし、不思議なことに、どれだけ走っても刀のある所へ戻ってきてしまう。後ろから追いかける百目童子。その速度は急に速くなったかと思うと、高谷の目の前に回り込む。

「逃げても無駄だよぉ。すぐに追いつくよぉ。ほぅら!」

 高谷は必死に百目童子に向かって言葉を放つ。

「う、お、俺はお前みたいな奴が苦手なんだ! だから河野の小説も嫌いだ!

だけど、読んでて面白いから! あいつの小説だけは好きになったんだよ!

だからって、お前みたいな奴なんかに目玉なんて取られてたまるか!」

 昔から、得体の知れないものが大の苦手だった高谷は、河野と高校の頃に知り合い、ある日、河野から小説の投稿をするということを聞いて、興味本位で読んでみた。しかし、その内容は、自分の大嫌いな者達が描かれた作品だった。読みながら体を震わせる高谷に、河野はどうしたものかと思い、震えている理由を聞こうとすると、小説を河野に押し返して自分の家に帰り、布団に包まって体をさらに震わせていたのだった。

「ハハハハッ! ハハハハッ! ハハハハッ! 貰うよぉ」

 迫る百目童子。じりじりと高谷に近づいて行く。

「や、やめろ! 嫌だ! ひぃっ! ああ、腰が! くそっ!」

 余りの怖さに腰が抜けてしまう高谷。しかし、目の前に見たことのある着物姿の男が、百目童子に立ち塞がる。その声は、ここにはいるはずのない河野だった。

「高谷! うわぁあっ! 目がぁ! 目がぁ!」

 寸でのところで現れた河野は、百目童子に目玉をえぐられてしまう。苦しむ河野と裏腹に、百目童子は歓喜の声を上げながら、再び笑い出す。

「えへへへ。目玉目玉! ハハハハハッ!」

「河野! どうすりゃいいんだよ……! 俺はどうすればいいんだよ! くそぉ!」

 苦しむ河野を見ながら、高谷は考える。どうすれば助かるのか。

「我を抜け」

 凛とした声が響く。それはどこから聴こえるのか、確かに高谷の近くで聴こえていた。

「だ、誰だ? 誰か居るのか!」

 その声を辿り、高谷は自分手元にある刀に目をやる。確かにそこから声が聴こえる。

「我を抜け! お前に真の友を名乗る資格があると思うなら、抜け!」

 刀は問う。自分が友というものを名乗れるかどうかを。

「うわぁあっ! 痛い! 痛い! 痛い!」

 その間にも目玉をえぐられた河野は、余りの痛みに叫び続ける。

刀のいきなりの問いに高谷は言葉を詰まらせながら、自分が河野との唯一無二の親友であることを徐々に思い出しながら、刀の問いに答える。

「真の友? あいつと、俺が? ……そうだ! 俺はあいつの!

河野孝明との本当の親友だ! 俺はお前を! 見捨てない!」

 刀はさらに言葉を強くする。よろめきながら、高谷も立ち上がる。

「我を抜け! そして、親友の証を見せてみろ!」

 そして、高谷は決意を込めて刀の呼び声に答え、その刀身を鞘から抜く。

「俺は! お前を守る! うぉおおっ! 抜けろぉっ!」

 その様子を見ていた百目童子は、光る刀身を目にしたとたんに逃げ腰となる。

「ひっ! ひぃっあぁっ! やめてぇ! 斬れる! 嫌だぁ!」

 逃げようとする百目童子に、高谷は全力で斬りかかる。

「往生しやがれぇえっ! うぉおりゃあぁっ!」

 思い切り力の込められた一撃が、百目童子に放たれる。

「ギャーッァァアアアッ!」

 百目童子は真っ二つにその身を斬られ、斬られた瞬間、煙のように消えていった。

「やった、やったぞ! 河野! 大丈夫か?」

 歓喜の声を上げる高谷。そして、うずくまる河野の元に行き、声を掛けた。

 すると、河野は何事も無かったかのように立ち上がり、高谷に背を向け言い放つ。

「その心、大事にせよ」

「え?」

 高谷から周りの景色が離れて行く。そして、元いた場所へと戻っていた。

「高谷! 無事だったんだな? よかった!」

 正面で、目を見開き、「よかった!」という河野の姿が見えた。高谷は呆然と答える。

「あれ? お前、目は?」

 確かに自分の目の前で目玉をえぐられたはずだ。と、何度も確認する高谷。

「目? 大丈夫だよ。百目童子にでも抜かれたと思ったのかい?」

 あれは幻だったのかと思いながら、高谷は河野に、本当の事を告げる。

「いや、……えっとな。実は俺、お前の小説、最初は嫌いだったんだ。

だけど、どんどん読ませるお前の小説が好きになってさ。

それで、化け物とか、そんなやつらも平気だって思ってて。

それでも、駄目でさ。さっきまで百目童子と戦ってたんだ。この喋る刀で!」

 すると、あっさりした答えが返ってきた。

「知ってたよ。高谷はよく読んでくれるけど、化け物の話は出てこないし。

それより、帰ってきてくれてよかった! で、刀はないみたいだよ?」

 刀はないと言われ、手元を見る。確かに握っていたはずの刀が、姿形も無くなっていた。

「あれ? さっきまで持ってたはずなのに。あれ?」

 必死で周りを探す高谷。しかし、刀が見つかることはなった。


 時界牢園では、東雲がゆっくりと瞼を上げる。その手には、高谷に持たせた刀が握られていた。

黒い玉に映し出される四人そろった様子を見ながら、ゆっくりと口を開く。

「良かったですね。恐怖を克服でき、親友として本当の事を言えた。

これからも真の友として、河野孝明さんと共に歩んで下さいね。

この刀は、自分の暗闇を具現化する刀。返してもらいましたよ。

……では、末永く、皆さん仲良く、もうこの時界牢園には来ないように」

 そう言うと、東雲は古椅子から立ち上がり、時界牢園の中心部を後にするのだった。


 一行が元いた場所に景色は移る。

周りから自分達が見えていることを確認しながら、高谷は言う。

「なあ、結局あの場所ってなんだったんだ?」

 高谷の言葉に、久野島は自分のことを振り返って言う。

「色々、勉強にはなったよね。私なんて特に……」

 それを聞いた獅子目も答える。

「そうですね。あの場所で私は、本当の気持ちを確かめられました」

「え、本当の気持ちって?」

 久野島に突っ込まれる獅子目。それを回避しながら答える。

「ああ、いえ! 何でもありません」

「珍しいわぁ。陽子ちゃんがうろたえるなんて」

 初々しさを感じる獅子目に、久野島は何の事か少し察していた。

 そして、河野が答える。もう一度思い出しながら、ゆっくりと。

「あの場所は、時界牢園。

人が隠している本当の闇を、その人の時として記憶している、時の牢獄だよ」

 それを聞いて、高谷はもう一つの謎を言った。

「じゃあ、あの東雲誠一って奴は何者だったんだ?」

「さあ。けど、僕の小説の読者さんだったって事は確かだね」

 高谷は機嫌が良さそうに答える。それを見て、高谷も自然に笑みが浮かぶ。

「ねぇ! もう一回! 盛り上がろうよ。本当の仲間としてさ」

 久野島が珍しいことを言うな。と思いながら、高谷が真っ先に答える。

「お? いい事いうなぁ。俺もそんな気分だ」

 時間を確認しながら、河野は獅子目に聞く。

「まだ時間はあるかい? 獅子目」

「はい! 孝明様となら何処までもお供します!」

 即答する獅子目。それを聞きながら、笑みを浮かべながら久野島が言った。

「やぁ、何それ? 告白ぅ?」

「あ、いえ。その……」

 押し黙ってしまう獅子目。高谷が声を上げる。

「まあ、いいじゃねぇか! 飲もうぜ!」

 一行が飲み騒ぐ中、河野は一人言う。

「ありがとう。東雲さん」

 その言葉が届いてる。そんな気のする河野だった。


 ここは時界牢園。東雲誠一の館の中心部。

黒い玉に映し出される景色を見ながら、東雲は言う。

「様々な、時に閉じ込められた心があります。

ひょっとしたら、次、ここへ来るのは、あなた自身かもしれませんね。

私は、いつでもここで待っています。導き人として、ね」

 そして、ゆっくりと古椅子に座り、東雲は瞼を閉じるのだった。

 また訪れるであろう、迷い人達を待ちながら。


~終~

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時界牢園 星野フレム @flemstory

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