第48話

「まさか……追っ手がもうこんなところまで来てるなんて……」


 人通りの少ない路地道を走りながら、シルアートは苦言を漏らした。


 ヴィルがいる、ということは他のメンバーもおそらく近くにいるのだろう。


 早く逃げなければならない。


 だが。とシルアートは来た道を振り向いた。


 轟音。


 ベイルとヴィルの戦闘音だろう。


 凄まじい音がビリビリと空気を振動させながら響いた。


 自分が頼んだからに足止めをしてくれているベイル。


 しかし、彼にお別れを告げることは出来ない。

 そんな余裕などなかった。


 このままベイルに別れを言わず逃亡するのは後ろ髪を引かれる思いだが、ここで捕まったら元も子もない。


 何のために逃げ出したのか……分からなくなる。

 自分は彼らの元へいてはいけない。


 彼らは輝かしい光だ。どこまでも輝いていく、そんな光。

 だが、自分のような紛い物がいれば影が産まれてしまう。


 その結果が、あの事件だ。


 リューク先生に致命傷を負わせただけでなく、友人にも手をかけ、あろうことかそれをすべて忘れるという……とんでもない過ち。


 また同じ過ちを繰り返してしまうのが怖かった。


「ごめんなさい、ベイルさん。いつか……いつか私から会いに行くから」


 絶対に……。

 だから、今だけは利用させてください……!!







 一心不乱に走り続けてきたからか、もうすぐ門にたどり着く。流石に門の前は大通りなので走り続けることは不可能だが、人混みに紛れれば……逃げ切ることは可能なはずだ。


 しかし、焔の少女は決して銀の少女を逃がすことはなかった。


「……!?」


 ゾワッ。

 髪が逆立つような感覚を覚えたシルアートは、深くフードを被り直す。


 大丈夫、周りには人がたくさんいる。だから万が一気づかれたとしても、十分に逃げ切れる…………はず……だった。


 だけど。


「……なんで」


 シルアートの周りには既に人達の姿はなくなっていた。

 一人を除いて。


 シルアートの目の前には燃えるような朱色の髪を頭から垂らした少女が立っていた。


「答えは簡単な話よ、シルア。ソフィヤの『音魔法』で直接脳内に忠告を流しただけ。この場にいると巻き込まれますよ……ってね」


 赤色の髪にツンとした目付き。それでいて、どこか上品さを感じる容姿。言葉遣い。そして自分に対して『シルア』と呼んだこと。


 すべてに共通する人物など、シルアートは一人しか知らなかった。


「久しぶりね、シルア。わざわざ北門に来てくれてありがとう」

「……リーシャ…………」

「さて。どんな事情があるか知らないけど、連れて帰らせてもらうわよ」


 ギラギラと瞳をも燃やした少女はそう宣うとシルアートに向けてビシッと宣戦布告と言わんばかりに指先を向けた。






「……っ!」


 先に動いたのはシルアート。

 強引に突破しようと、入町するときに使った手段……巨大な氷の柱を作ろうと魔力を地面に手を着ける。


 が。


「熱っ!!?」


 地面がとんでもない熱を持っていたことに気づき、手を離してしまう。


 小さく舌打ち。


 十中八九リーシャの魔法だろう、と推測していた。

 おそらく自分が使った入町の方法を何らかの手段で知っていた。だからこその策だろう。


 体が小さなシルアートは、小さいものなら訳ないが、大きいものを作り出すには支えがいる。

 今回は、その弱点を上手く突かれてしまった。


 これでは絶対に逃げ出すことはできない。


 ―――戦闘を避けては。


「……ごめんね」


 リーシャに向けて使うつもりはなかった。

 だけど、仕方がない。

 逃げるためにはこれしかない。


「【氷の世界】」


 ヒュウッと空気が凍りつく音がして、辺りは一瞬にして氷点下を下回る。

 熱されていた地面にも霜が覆い始め―――。


「甘いわよ」


 ゴオッ。

 乾いた空気が燃えた。

 熱気が広がり、地面はメラメラと燃え上がる。


「……嘘でしょ…………」


 【氷の世界】はシルアートの最強の技だ。

 それが破られてしまった。


 唖然としているシルアートに、リーシャは自信に満ちた顔で告げた。


「絶対に連れ戻すわよ、シルア!」

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転生したら氷の美少女になってました るー @THL_MN

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