第47話
「落ち着きましたかお嬢様?」
「ゴクゴク……ぷはぁ。うん……大分落ち着いた。見苦しい所を見せてごめん……」
水を飲み終えたシルアートが言うと、ベイルは虚を食らったような顔をした。
何だろう?どうしたのだろうか?
不思議に思っていると、ベイルはオズオズと訪ねてきた。
「お嬢様、言葉遣いが……」
「あっ!?す、すみません!今すぐに直します!」
「いえ、直さなくてもいいですよ。敬語よりも、そっちの話し方の方が素っぽくて俺は良いと思います」
「そ、そう。なら……………………ごめんなさい。やっぱり無理です」
要望通り、いつも通りの口調にしようとしたが、ベイルがレシアンテ家と関わりのある者だからか意識すればするほど敬語になってしまった。
肩を落とし、頭を垂らして落ち込むシルアートに慌ててベイルが慰める。
「大丈夫ですよ。お嬢様が楽な言葉で話してくれれば。素が聞けなくて少し残念ですけどね」
「本当にごめんなさい」
「ははは。そんな暗くならないでください。せっかく久しぶりに再会したんだし、明るくいきましょうよ。明るく振る舞ってくれた方が俺は嬉しいです」
いろいろと迷惑をかけたベイルにそう言われれば、明るく振る舞う他ない。
「うぅ。卑怯ですよ……。そんなに卑怯な方とは思いませんでした」
「このぐらい卑怯じゃないとレシアンテ家ではやっていけないですからね。生き残るために身につけた力ですよ」
「どれだけ恐ろしい魔境だったんですか。私の家は……!!?」
元冒険者のベイルにここまで言わせるなんて。絶句しているシルアートだったが、途端にベイルの雰囲気が変わったに気づく。
「ベイル?」
何をそんなに警戒してるのだろうか。ベイルの視線を追ってもなにも見当たらない。
「お嬢様、見られてます」
「!!?」
静かに立ち上がり何もない空間に向かって警戒心を高めるベイルを見て、シルアートは即座に気配を探索する。
!!!本当だ。見られていた。
油断していたから気づけなかった?
いや違う。相手の観察スキルは中々の物で、油断していなくとも指摘されなければ気づけなかっただろう。かなりの手練れだ。
「隠れても無駄だ。出てこい」
「おっ、あれ?バレてる?あちゃー……こりゃレグルスに怒られちゃうパターンじゃね。あーやらかした……」
ベイルが魔力を向けると同時に空間が歪んだ。歪んだように見えた。
シルアートも体勢を整えた。いつでも戦闘できるように、と。
ぐにゃりと変わった風景の中から茶髪の少年が出てくるまでは。
「なっ、子供!?」
「やぁ、久しぶりだな。シルア」
◇
その技量から、てっきりAクラス並の冒険者が現れると思っていたベイルは、その外見とシルアートに愛称で親しく話す姿に警戒心を解きかけるが、
「……ヤバ…………ベイル。彼は任せました。私は逃げます」
「ちょっ、ええ!!?お嬢様!!?」
「おっ、レグルスの言った通りだな。ホントに逃げてる」
ベイルは自分が一体何を任せられたのか全く理解が出来なかった。
が、軽口を叩き、身を乗り出して後を追いかけようとする茶髪の少年の前に出た。
「何がなんだか分かりませんが、お嬢様の命令ですから。とりあえず引き留めさせていただきます。子供だからって容赦はしません。覚悟を」
「え、ちょ、待て待て!?俺は怪しいものじゃねぇぞ!?俺はヴィリック。シルアの学友で―――って話聞け!!!」
「問答無用!!!」
「うわぁっ!?」
◇
次々と放たれる水弾を避けながら、ヴィリックは目の前にいる男を見る。
強い。どこにも隙がない。男の魔力操作は間違いなく自分の中で最強だったリューク先生を越えている。
この一年、シルアを取り戻すためリューク先生にみっちり鍛え上げられたヴィリックだが、とてもじゃないが彼に勝てるとは思えなかった。
魔法の打ち合いでは。
だが。
「接近戦は別だろーよ」
本来ならこの男に構わず別の道から追いかけるべき、だと分かっているが。
―――試してぇ……。
ウズウズが止まらない。
「悪いなレグルス。シルアは任せるわ」
「なにか言いましたか?」
「いや、何も。それより……さっさと始めようぜ…………」
「!?」
◇
これまでどこか探っていただけで敵対意識を見せなかったヴィリックの魔力が吹き荒れたことに嫌な予感がしたベイルは水弾を全方向から一斉に放つ。
―――ズドドドドド。
一応死なない程度に火力を緩めたのだが、激しく舞い上がる砂煙にやりすぎたか、とベイルが頭を掻いた。瞬間だった。
ベイルの目に、砂煙に紛れながらも自身の体に伸びる土で覆われた腕が見えた。
「―――!」
「チッ!」
咄嗟に腕を交差させ体を守るが、腕の犠牲だけじゃ威力を殺しきれずビキッと嫌な音と痛みがした。
なんて馬鹿力……!?なるほど、流石はお嬢様の学友ってとこですか……。油断していたとはいえ、まさかこれほどとは。
瞬時に常備していたハイポーションを飲み干す。これで痛みは消えた。もう油断はしない。
「今ので倒せなかったのが君の敗因です」
ベイルは、全身を砂の鎧で覆った少年を指差して言った。
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