第46話

 ベイルは馭者だが、元Aクラスの冒険者。

 対して不良達はダンジョンにも出たことがない、せいぜい最低クラスの一つ上であるEクラスにも届くかどうか。

 元と言えども、それだけクラスが離れていれれば実力の差は圧巻で。


 最初の一撃の水弾。殺してしまわぬように、初級魔法だが、それでも元Aクラスが一切の手加減なく打ち込んだ魔法は、眼にも止まらぬ早さでシルアートの手首を掴み今にも強引に連れていこうとする不良を吹き飛ばし意識を刈り取った。


「なっ!?何者だお前!」

「テメェ、よくも!!!」


 残る二人の不良はその様子を唖然と見ていたが、撃ったのがベイルだと分かった瞬間下衆い笑みを浮かべて飛びかかった。

 それもそのはず。ベイルの格好は、明らかに一般人のそれであり一流の冒険者が着るような服装ではなかったから。


 きっとまぐれでクリティカルしたのだろう。


 不良がそう確信するのも無理がなかった。


「邪魔だ!」


 しかし、まぐれと信じていてもそれが二回続くと嫌でも実力がハッキリと伝わる。


「うぐっ…………」

「え?あ、、ひっ!?ひぃぃい!?」


 的確に鳩尾を撃たれた一人が膝から崩れ落ちると同時に、最後の一人はクルリと反転。脱兎のごとく逃げ出した。

 その速度は早く、敏捷だけならCクラス冒険者にも引けをとらないと思えるほど。


 ベイルは絡んできた三人。誰もを逃さないつもりだったが。

 そんな敏捷を持つ者が、人通りの多い大通りに逃げ込んでしまうのだから、ベイルには追撃のしようがなかった。

 男が逃げた方向をキツく睨み付けるが、追いかけることはしない。それよりもやるべきことがあるのだから。


「う……うぐ…………」


 鳩尾を撃たれて床で這いつくばり、もがき苦しんでいる男には目もくれずベイルはシルアートに近づくと頭を下げた。


「お嬢様。申し訳ございません。俺が付いていながらこの失態」


 しかし、シルアートからの返事はない。

 もしや嫌われてしまったのでは、そう心配して見上げてみるとシルアートはどこか焦点の合わない瞳で一言。


「……み、水ください………………」


 とだけ呟いた。





 ベイルがワタワタと水を持ってきている最中、町の門から少し離れたところに一人の少年がいた。

 茶髪を逆立てたような髪をガシガシと掻いて、周りには誰もいないのにまるでいるかのように話しかける。


「おい本当にこの町にシルアがいるのかよ」

『ああ、間違いない。マーキングはその町を指している』


 どこからか頭に直接流れてくる言葉に、茶髪の少年は驚く素振りを見せず、頬を緩めて笑う。


「なら間違いはないんだな。ところで、レグルス。お前らはどこにいるんだ?俺一人で捕まえてきていいのか?」

『大丈夫だ。むしろそうしてくれ』

「どういうことだ?」

『こういえば分かるか?ユリウスとリリーは竜のところ。エティカは西。レンとアリスが南。リーシャは北。そして俺とソフィヤは今東にいる』


 その言葉に茶髪の少年の笑みは消え、真剣な表情へと変化する。


「……包囲網ってことか。確かに俺よりもシルアが優れていることは認めるが、そこまで必死に逃げようとするか?」


『……現に逃げられたから言っている』


「ははは。婚約者様がそう言うなら、きっと逃げるんだろうな」


『喧嘩売っているのか?』


「いやいや売ってないって。ほんのジョークだって。にしてもよくリーシャを説得できたな。アイツの性格上100%やって来るかもわからないシルアを待つなんて出来ないだろ」


『流石幼馴染。よく分かってるじゃないか』


「いやマジでどうやって説得したのか興味が出てきたんだけど」


『そこまで難しい話ではない。「お前がそこにいないとまた逃げられるかもしれない。そうすれば会えるのが更に先の話になるぞ」と忠言しただけだ。リーシャがシルアートのことを大好きなのは目に見えていたからな。簡単に釣れた』


「それ忠言なのか?俺には脅しにしか聞こえないんだが」


『忠言に決まっているだろう?』


「……まぁ権力を振りかざして命令しなかったことは褒めておくよ。時期王様?」


『確かに命令すれば簡単かもしれないが、それをした瞬間"友情"は消えてしまうじゃないか。それに王になったら友情を作る機会はないからな。俺は友―――つまりお前達との絆を大切にしていきたいと思っている 』


「はいはいそーですか。いやー照れるなー」


『限りなく棒読みなのが気に食わないが、まぁいい。それよりも早く特攻してこい』


「命令しないんじゃなかったのか?」


『命令ではないさ。単なる頼み事だ』


「ま、言い方次第だよな結局。分かった。じゃあそろそろ行くわ。極力俺一人で連れ戻せるように努力はするけど、万が一逃げられた場合は…………頼むぜ?レグルス」


『ああ、任せておけ。ヴィル』


 プツン、と何かが切れる音がして頭に直接流れ込んできていた言葉が止んだ。



 茶髪の少年。呼称ヴィリックは目を閉じ思い出す。

 一年前突如失われてしまった楽しかった日々を。その中心にいたのは、シルアだったことを。


「よーし、……じゃあ行きますか?」


 必ず彼女を連れ戻す。

 そう決意を改めると、ヴィリックは町へと歩を進めた。

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