第45話

 馭者としてレシアンテ家に迎えられたベイルは初めに女の子についての情報を探った。

 外では集められなかった情報も当家なら集められると思ったからだ。

 予測通り、女の子―――シルアートの情報はすぐに手に入った。


 その半数は悪い話で、【人の出来損ない】【意思を持たない人形】だのとシルアートを罵るような内容だった。

 初めてその話を聞かされたとき、ベイルは目の前で話してくれた同僚を殴り飛ばそうかと思った。

 自分にとっての英雄を馬鹿にされたのだ。怒るのも当然だった。

 だが、ベイルが殴り飛ばすよりも早く、他の同僚達が次々に便乗したことによって、流石に全員殴り飛ばすわけにもいかず、グッと怒りをこらえることができた。



 時間の経過と共に冷静になると、同僚が言っていた【意思の持たない人形】が、案外的を得ていたことに気づいた。


 会ったことは一度、しかもほんの一瞬の間しかないが、何度も思い返していたため助けられた時のことは鮮明に覚えていた。

 確かにあの時、シルアートに感情らしきものは見当たらなかった。赤竜と対峙したときも、倒したときも、感情が表情に出ることはなかった。

 普通あのくらいの年の娘なら怯えたり喜んだり感情を表情に出すはずなのに、彼女はおかしなほどに無表情を貫いていた。

 まるで感情がないかのように。


 ―――人形のように。



 そういえば、とベイルは思い出す。

 レシアンテ家の当主であるウォンバスターは『独裁者ディクティター』と繋がっているという噂があった。

 『独裁者ディクティター』は『命令』という個人魔法を使う。

 曰く、『命令』は絶対でかけられたものはその指示通りに動かざるを得なくなるとか。


 もし、ウォンバスターが本当に『独裁者ディクティター』と繋がっていて、シルアートに『命令』をかけさせていたとしたら?


 全ての感情を殺し、自分の言うとおりに動く傀儡にしたとすれば?

 道具にしたとすれば?

 あの不自然なほどの無表情は説明がつくのでは?


 普通の子供だったら手間がかかりすぎる上に罪で投獄されかれない極めて無駄な行為だが、シルアートの持つ能力はそれを考慮してもお釣りが出るほどだ。

 やっていてもおかしくはない。


 ―――いや、何事も疑うことから始めたらキリがない。まずはシルアートに会ってから、話をしてから見極めていこう。


「ヒヒーン!!」

「おっと。ごめん、ほら。餌だよ」


 考え事に夢中になって本来の仕事である馭者の仕事に影響が出ては本末転倒だ。早々に首になって、シルアートのことを知ることができなくなってしまう。

 ベイルは考えるのを中断し、ブルルンと鼻を鳴らす黒い毛並みの馬の頭を撫でると、ニンジンを上げた。



 ベイルがシルアートと出会ったのはレシアンテ家の馭者になってから二年目のことだった。

 馭者長(勝手に命名している)に呼ばれて何事かと聞くとウォンバスター本人から直々に命令があったらしい。

 どうやらシルアートが王都のレアクトル学園に通うらしく、その道中の馭者として自分が選ばれたらしかった。

 他の長年勤めているベテランを差し置いて自分が選ばれたわけは、元Aクラスの冒険者だから護衛費を削減できるという理由らしい。


 がめついというか、何というか。

 ていうか、普通、自分の子供の護衛を費用削減のため減らすことなんて貴族はしないはずなのだが……。


 ……まぁ何にせよ、会いたかった英雄にようやく会えるのだ。

 馭者をやっていてよかったと本心からそう思った。



 そして対面の日。


「貴方が馭者さんですか!?本日はよろしくお願いします!」

「えっ……」

「では、早速ですけど早めに馬出してもらえますか?長居しすぎるとお母様がなに言い出すか分からないので早めに出たいのです」

「あっ、はい」


 言われて、馬を出すベイルだったがその頭は混乱していた。


(無表情!?人形!?―――どこがだ!?)


 自分に向けて年頃の娘らしく純粋な笑顔で対応したシルアートに、ベイルの中のシルアート像がガラガラと崩れ落ちた。

 『独裁者ディクティター』に命令されているとか深読みしていた自分が馬鹿みたいだ。


 どこからどう見ても普通の娘じゃないか。


 ……いや、まだ『命令』で無理やり笑顔を作らされている可能性も……?


 そんな疑心も王都に着き馬車を止めた際にシルアートが放った一言。


「お手洗いの時間ですか!?」


 で完全に瓦解していった。



 やっぱり噂は所詮噂。

 真実ではない。


 他に驚いたことと言えばシルアートが人混みの多い王都をスイスイと歩いて見せたことぐらいで、物珍しげに王都の建物を眺めている以外は特に変わった様子もなかったのでそのまま泊まる予定だった元探索仲間のルーベが経営している宿屋に向かいルーベにシルアートを託してそのままレシアンテ家へと戻った。


 その後、ルーベと交わした手紙でシルアートに友達が出来たことを知ると万歳して喜んだりするなどして平和な日常を過ごしていた。


 シルアートが失踪―――そしてウォンバスターが殺害されるまでは。


 正直なところシルアートの失踪では、ベイルはあまり動じなかった。もちろん心配もあったが、シルアートならどこででも生きていけるという絶対的な信頼から取り乱すようなことはなかった。

 しかし、ウォンバスターの殺害はベイルの心を酷く掻き乱した。

 いや、少し表現が違う。性格に言うなれば、ウォンバスターの殺害によって漏れた情報にベイルは狼狽したのだ。


【ウォンバスターは『独裁者ディクティター』と繋がっていて、実の娘に『命令』をかけさせ傀儡としていた】

【レシアンテ家の娘は現在、『独裁者ディクティター』が所属している独創魔法騎士団の同じく構成員【ワープゲート】により生存及びに行方不明】

【娘は個人魔法使いなので独創魔法騎士団に入団している可能性もある】


 平和ボケしていた自分を殺したくなった。

 護衛の時、何故もっとシルアートと話しておかなかったのか。そうすれば、不自然な点を見つけることができたかもしれない。『命令』であのような態度を取っていたのならばどこか綻びが出てもおかしくないというのに……。


 当主を失ったレシアンテ家は、その戸主権を奥方に渡し、子爵へと退爵。膨大な敷地は半分以上が国に徴収され、家の維持費の為に馭者は解雇された。


 職を失い、守るべきものを失ったベイルは、暫しレシアンテ領に滞在したあと、国を出た。


 とにかくこの国にいたくなかった。


 そして、各地を歩き巡り、【西の国 ザブラッヘア】に流れ込んだベイルはその中央街にて、人混みに埋もれる銀の髪を持つ少女を見つける。

 シルアートだった。


 見つけたときは、涙が出るかと思った。

 国の精鋭総動員でも見つけられなかったどころか足取りすら掴めなかったシルアートが目の前にいる。


 自分の罪を洗い流すチャンスだと思った。これは自分を断罪するチャンスなのだと。


 ベイルは決意した。

 今度こそ、今度こそ、自分にとっての英雄を―――シルアートを―――お嬢様を守ってみせると。


 そして、今、その守るべき対象が悪ガキどもに連れ去られようとしている。

 自分の目の前で。


 ごめんな。

 手加減できそうにないや。


 心の中で謝ると、ベイルは水弾を躊躇なく悪ガキ達に放った。

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