第44話
「お父様が……死んだ?」
「ええ……。自宅の書斎で殺られていたようです。書斎は完全な密室だったらしくウォンバスター様自身もいくつか悪い噂が立っていたことから巷では捕まりそうになったから自殺したのではないか?と騒がれていましたが、ウォンバスター様が自殺なんてするはずがありません」
「でしょうね。お父様なら捕まりそうになっても自殺なんてしません。臆病者ですから」
シルアートの言葉に、ベイルは苦笑してオープンカフェを指差した。
「お嬢様、少し座りませんか?」
「……分かりました」
歩きながら……人の耳が周りにある状況では話せない内容があるのだろう。
ベイルの提案にシルアートは二つ返事で頷いた。
「……へぇ、中々凄いですね」
オープンカフェに入り席に着くやメニューを広げていたベイルがそう言った。
気になり横から覗いてみる。
~menu~
牛の兜煮
蛙の丸焼き
蜥蜴の尻尾焼き
大蝙蝠の生血
「うひゃぁぁ!!?」
お洒落なカフェの外見からは想像できないほど衝撃的すぎるメニューだ。
しかも全て画像付きだから、そのグロテスクな画像がばっちりと目に入ってしまった。
……どうしよう……今日寝れないかも…………。
シルアートは魔物を殺す際必ず氷像にして凍死させている。
そのため魔物の死体はいつも綺麗な状態で。
そんなのものだから、シルアートには普通の冒険者にはあるはずのグロ耐性がなかった。
「うう……」
「お嬢様!?」
しゃがみながら頭を抱えガタガタ震えるシルアートに、ベイルは慌てて腕を引いて向かいの席に座らせる。
「すみません。お嬢様。変なものをお見せしてしまって」
「…………あう」
「そのまま席に座っていてください。飲み物を買ってきます」
「…………早めに……お願いします……」
「分かりました!」
完全に弱りきっているシルアートのお願いを了承してベイルはカウンターへ走り出す。
ベイルとしても、弱っている少女から何秒も目を離す気はさらさらなかった。
しかし、流石THE変な店。飲み物欄には生血やら体液やらがびっしりと書かれていて……。
「あの……コップはあるでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます」
無礼だが、生血や体液を持っていくよりはマシだとベイルは水魔法を使い、コップに水を注ぐとシルアートの元へと戻っていく。
「ねぇ、お嬢ちゃん。可愛いね。俺らと遊ばない?」
「何でも奢ってやるからさ。なっ?いいだろ?」
「……」
あれ?おかしいなぁ。とベイルは目を疑った。
一分も目を離していないはずなのに、戻ってみればシルアートは街の不良たちに絡まれていた。
腕を捕まれているが、シルアートはまだグロテスク画像を見たショックが抜けきってないのか生気を失った目で無抵抗でいる。
「これをお願いします」
「え?あっ、はい」
持っていたコップをやり取りを遠巻きに見ていた一人に渡すと、ベイルは咆哮した。
ベイルはレシアンテ家に馭者として雇われる前はAクラスの冒険者だった。
若くして卓越した技量を持つ冒険者だったが、その自信は赤竜との対決時に粉々にへし折られた。
万全の準備をして挑んだはずの赤竜討伐。気がつけば二十人以上いたパーティーは自分を除いて全滅していて、辺りは焼け野原になっていた。
バッキリと折れた右手に握る剣みたいに、ベイルの心も完全に折れていた。
だが、。
不意に瞳に映ったのは小さな金髪の男の子。
冒険者に憧れ、竜討伐を見るため付いてきていた、豪華な身なりをした子供だった。
青く透き通った両の瞳に大粒の涙を浮かべながら少年はベイルを庇うように両手を広げて前に出た。
生まれたての子鹿を想像させるほどに震える足。
それを見てベイルは自分を殴りたくなった。
何を諦めていんだと。
せめてこの子だけは守らなければと。
ぐいっと地面を踏み締め、折れた剣を握った。
いつも以上の力を発揮した。装備以外は最高のコンディションだった。
しかし、現実は残酷で。
ベイルが実際に竜と戦えていたのは十秒弱。その間に少年が逃げ切れるはずもなく、竜の火炎が二人に襲いかかり。
凍りついた。
ザッザッと足音を立てて現れたのは小さな無表情の女の子と、その親らしい男だった。
「シルアート、殺れ」
「わかりましたお父様」
何を馬鹿なことを言っているんだ!?自分の娘に、竜と戦わせるなんて!?それが親のやることか!?
ベイルは内心憤怒したが、シルアートは無表情のまま頷き、そして竜はオブジェとなった。
「嘘……だろ…………」
「す……ごい」
「やりましたお父様」
「ふむ。予想以上だな。一応帰ったら記憶をリセットしておくとするか」
驚くベイルと少年に目もくれず、二人はそのままどこかへと歩き去っていった。
街に帰ったベイルは竜討伐を成功させた英雄として迎えられた。
自分が倒したんじゃない、と何度か説明したがそれでも向かっていって帰ってきたのは貴方だったと貴方が英雄なのだと栄光を与えられた。
パレードが終わった後、ベイルは二人についての情報を集めた。
難航するかと思っていたが、男の方の素性はすぐにわかった。
ウォンバスター=フォン=レシアンテ。
この国の伯爵だった。
伯爵ながらもかなり強大な地位を持っているようで扱いは侯爵に限りなく近いだの、昔王都を騒がせた『
いろんな噂が手に入った。
逆に女の子の方は情報隠匿を疑うほどに入ってこなかったが、女の子がウォンバスターを『お父様』と呼んでいたことからして娘には違いないだろう。
それからベイルは思った。
自分は二人を調べて何がしたいのかと。
恩返しがしたい。即座に自答する。
自分の命だけでなく、自分が守りたかった少年の命を守ってくれた女の子に恩返しがしたかった。
だが、戦力としては自分は弱すぎる。あの女の子が勝てない敵には間違いなく自分も勝てない。
なら、何ができるのか。戦ってばかりの冒険者である自分に何ができるのだろうか。
―――そうだ。馭者になろう。
幼い頃から馬術を習っていたベイルは、剣を捨てることを決断して、そして数年後レシアンテ家に馭者として迎えられた。
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