第2話

 一寸前までキライヴが居た場所に白濁したかたまりが続けざまに突き刺さる。そのひとつひとつが柔らかそうな本体から想像もつかないほどの硬度をもって足場を叩き割り、めり込んでいく。


 後方に跳び退いたキライヴは、屈伸し、勢いの衰えないうちに蹴り出して、剣を構えてネフラリムの細く伸びた腕を数本まとめて薙ぎ払った。腕は弦楽器のつるが引き千切れたような音を立て、先端を残して引き戻り、勢いあまって軟鉱質のからだを連打する。


 その様子を目尻に捉えつつ、振り上げた剣の勢いに任せて明るみへと移動すると、ネフラリムとの距離を置いて再び剣を構えた。差し込む陽光が、彼の黄赤色に紅色の斑点を散らす髪をより煌めかせる。

 それに反応したネフラリムが、先ほどよりも細くした腕をキライヴ目掛けて放った。


 キライヴは石壁を右手に沿って駆け回り、飛び交いしなる腕をすり抜けていく。

 しかし、足元に残るひび割れに足を取られて失速すると、隙をついたネフラリムの腕がキライヴの左手に絡みついた。そのまま彼の右腕、左大腿部を捕えると、彼を引き寄せようとして腕が一直線に張る。

 キライヴは負けじと剣を地面へと突き立て、足元を強く踏み込み抵抗した。ネフラリムの腕はさらに伸長して彼と均衡する。

 ネフラリムはより強い力でキライヴを引き込もうとさらに腕を飛ばす。だが、キライヴは新たな腕が巻きつくのをいとわず、ネフラリムの頭上へと視線を移した。


「やれ」


 密やかに呟くキライヴの視線の先で、ネフラリムの頭上まで跳躍したアムリの振り下ろす剣先が、登頂面を砕き、黒い目玉の裏側に深々と突き刺さる。

 身の毛のよだつ爆音を発して、ネフラリムは全身をおおきく震わせた。

 それを見ていたピスタは、咥えていた皮紙を手に取り、アムリの突き刺した剣に向けて陣式を写そうと両手で広げる。


「ピスタ、待って!」


 跳び下りがてら叫ぶアムリの声に驚いたピスタは、キライヴに視線を移し、はっとした。

 キライヴのからだには、ネフラリムの腕が絡みついたままだった。

 このまま陣式を発動するとキライヴを巻き込んでしまう。


「剣が押し出される、俺に構わず撃て!」

「でも」


 ネフラリムは頭上を震わせて、深々と刺さった剣を追い出そうとしている。


「俺はリフィアだから多少は耐えられる、せっかくのチャンスを無駄にするな!」


 ピスタはネフラリムに突き刺さる剣とキライヴを交互に見つめ、まぶたを強く閉ざし髪を逆立てると、もう一度剣へ狙いを定め、皮紙を力強く目の前に広げた。ピスタが力を注ぐと、皮紙が中心から燃えるように溶け出し、陣式が宙へ刻まれていく。


 キライヴはネフラリムの腕をどうにか外せないか、もう一度身をよじらせてみた。しかし、アムリの一撃にひるむことのなかった腕がそう簡単に外れるわけがなく、身悶えるほどに細長く伸びていく。


「せめて利き腕が自由だったらな」


 これだけ細く伸長しているならば、剣でまとめて薙ぎ払えただろう。キライヴはそう思いながら、衝撃に備えて意識を集中させる。


 その時、ネフラリムの陰から、剣の鞘を両手で握りしめたアムリが、掛け声とともにキライヴを拘束する腕目掛けて直進してきた。もっとも伸長する箇所に重量が加わり、ネフラリムの腕が音を立てて次々と千切れ、キライヴのからだから切り離される。


「今!」

「やれ!」


 キライヴとアムリの声が重なり、二人が耳を庇うのを目尻に捉えたピスタは、指先をネフラリムに刺さる剣に向け、宙に写し刻み描いた陣式を発動した。

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