12.僕たちの日常は何処に行ったんですか?

「……あの、興味って、」

「生徒会に入ってみないかい、と言う話だよ。坊や」


 生徒会室、一角。応接室のようにソファーとテーブルが設置されたその間では、重苦しい空気が漂っていた。

 三人掛けのソファーに座る金城と高田は、何とも形容し難い顔で目の前の女性――みやびと相対している。


「……冗談ですよね」


 長い沈黙の末、金城は恐々と口を開いた。

 先程の彼女の口ぶりからして、その誘い文句がどうも本気には聞こえず、その上全く予想だにしていなかったので俄かに信じがたかったのだ。

 冗談であってくれ、と願いながらじっと雅の動向を見守る。そんな金城の様子など素知らぬ顔で、雅は優雅に足を組み替えた。唇は悠々と狐を描いており、彼女の悪戯好きな一面が見え隠れしている。


「そう思うかい?」

「……」


 たらり。からかうような口調に更に不吉な予感を煽られて、とうとう額から一筋の冷汗が伝い落ちた。

 隣の高田も心なしか既に硬直している。

 そんな、正に崖っぷちに立ったような心境を見せる新入生二人を憐れに思ったのか、雅の背後に控えていた柳が二人を助けるかのように会話に割入った。


「会長、新入生二人が困惑しています」

「なに、そんなに深く考えることはない。別に返事は今、貰わずとも構わない。時間をかけてゆっくりと決断するといい」

「……いや、あの」


 口を挟む柳に対して反応を示さず、雅は構わずにこやかに勧誘の言葉を続ける。

一方。未だに話の内容に追いつけていない高田は当惑したよう視線を泳がせながら手を上げた。


「なんで、突然俺らに?」

「何故だと思う?」

「……」


 質問を質問で返されて押し黙る高田。答えなど分かるはずもなく、思考は更なる困惑の渦へと引き込まれた。あー、うー、などと唸りながら必死に解答を引き出そうとするが中々出てきそうにはない。

 隣に腰掛ける金城は何処か落ち着いているようには見えるが、その顔面からは汗がダラダラと噴き出している。


(……まずい)


 表向きでは無理強いをせず、自分たちの意見を尊重しているようには聞こえるが、実際には自分たちの拒否権など意に介さない強制力を感じられる。

 事実、彼女は「入れ」などと強制はせず、冗談のような軽い声色で勧誘の言葉を口にしているが、一度も「断っても良い」などとは言っていない。実際、悩むことは許しても、断ることは許さないのだろう。

 このまま、流されるように彼女に従えば、気が付けば言質でも取られるような予感がしてならない。


 ――まずいまずいまずい。


 金城は焦りに焦った。

 ただでさえ、この前の明石との一件で学年で既に目立つ存在となってしまっているのに、このまま済崩しに生徒会に引きずり込まれれば間違いなく、面倒なことになる。

 更に目立つことは絶対に避けたい。己の平穏な日常、そして命のために。

 周囲にあまり注目されることになると、“反逆者”のボロを出しかねないのだ。


(とにかく断ろう)


 恐らく高田も己と同意見であろう。火種となり得るこの女性とは関わり合わないが吉だ。

 最終的にはそう決断して金城が口を開こうとした時だった。


「俺たちが、ブラッドだからですか?」

「……高田!?」


 思いがけない発言に金城の肩は跳ね上がった。


「なぜ、そう思う?」


 楽しそうに目を細める雅。そんな彼女に未だ恐々としながら高田は自身の推測を口にした。


「俺たちは周囲と比べれば特に秀でたものがない存在です。後ろ盾も力もない、手に取らない存在だ」


 確かに金城は以前、その巧みな戦術で3年の明石に打ち勝った。例え、頭や体力が無くとも、その戦術はそれなりに興味深いものだろう。だが、自分は?

 この高校での高田の評価は平凡だ。いや、平凡と片付けるには可笑しいほどの好成績を収めてはいるが、特に目を引くものは無い。

 金城を欲しがる理由は一応あるとして、自分を欲しがる理由が分からない。

 金城を釣るための餌か?

 否、高田が断る可能性があると言う時点でその意味は無い。

 では、何故?

 金城と自分の中にある共通点で結びつく物が一つだけある。そう、この高校に在籍するどの生徒には無くて、自分と金城にだけある要素――《ブラッド》だ。


「……なるほど。確かに一理ありそうな理由だ」

「……違うんですか?」


 訝しむような高田の反応に、雅はゆっくりと笑った。


「さてね、どうだろうな」





 ♢  ♢


「……という訳で、理由も分からず勧誘された」

「えっと、大変だったね?」


 疲れたように息を吐く金城に、伊奈瀬は労わりの言葉をやった。

 雅と対談した翌日、金城と高田は生気を全て搾り取られたかのように、ぐったりと床に座り込んでいた。今日の二限目の授業は、珍しく伊奈瀬のクラスと合同で受けることになり、恒例のメンバー5人は他の生徒と共に訓練場の一室で屯していた。


「なんていうか、やっぱりすごそう、な人ですよね……生徒会長って、」


 へにょりと眉尻を下げる吾妻に金城は高速で首を振りながら、力強く否定した。


「いや、あれは凄いんじゃない。とんでもないんだよ」


 いま思い出しても背筋が凍りそうだ。

 久叉雅は常に微笑みを絶やすことはしなかったが、その面差しは何処か高圧的で、おまけに紡がれる言葉は何処か信用ならなかった。


「……俺、保健室に行こっかな」


 青ざめる金城の横で、高田は嘆息した。昨日の一件のせいか、疲れは未だ残ったままで、とてもではないが今日の訓練を受ける気にはなれない。

 その世迷言にも聞こえる呟きに伊奈瀬は驚きを示した。


「え、でも今日は確かサイバー犯罪についての特別講習だよ。良いの?」

「あー、そっか……」


 本来サイバー犯罪についての講習は高校を卒業し、研修に入ってから受ける物だ。何故ならその分野に必要とされる知識と技能はあまりにも多すぎて、とても三年では覚えきれる量ではないからだ。


 だが今の時代、数多くの事件はサイバー犯罪と繋がるものがあり、ある程度の基礎知識は必要とされている。よって、高校に在籍している間は約二回ほどの特別講習が行われていた。

 とは言っても、講習では専門知識などを学ぶことは殆どなく、SNSなどのネット上での捜査方法や過去の事例などを見せられるだけで終わる。


 今日の講習ではVRで起こる事件や、その際行われた捜査について振り返ることとなっている。その後は実際にヴァーチャルワールドへと新しく作成したアバターで潜脳し、講師の指示に従って架空の犯罪者を追う実習をする予定だ。

 その内容を思い出して高田は深々と溜息を吐いた。


「……勿体ないよな」

「まあ、今年のサイバー講習はこれで終わりだしな」

「俺、ヴァーチャルワールドって頭痛くなるから、あんまやりたくないんだけどな」

「じゃあ、休むか?」


 首を傾げる金城。

 正直、オンラインゲームでヴァーチャルワールドに長時間居ると、自分も頭痛を感じる事があるので反論はしない。

 だが、潜脳する時間は他の生徒と交代制になるのでどうせ10分ほどしかない。さほど苦痛にはならないだろう。

 高田もそう思ったのか最後には首を振った。


「いや、どうせそんな長くやんないだろうし、行くわ……」

「ほいほい」


 のろのろと立ち上がる高田に続いて、金城も腰を上げる。すると、時間を見張らったかのように一人の講師が訓練室へと入ってきた。


「おー、お前ら。待たせたな、準備できたぞ」


 来い、と顎で隣接している講習室を指しながら生徒たちを誘導する。金城たちも周囲の後に続いて講習室へと足を踏み入れた。

 最後に入室して来たこともあり、必然的に後方に残された座席に腰を下ろした金城は早くも瞼を下ろしそうになった。

 階段状に設けられた席の座り心地は然程良くはないが、それでも薄暗い空間に、講師の注意が行きにくい席は居眠りには丁度良い位置にあった。


(眠みー……)


 淡く発光している前方の電子ボードに集中しようにも、襲い掛かってくる睡魔に勝てず、金城は浅い眠りに落ちた。


「……金城、金城!」


「ぅあ……?」


 ゆっさゆさと体を揺らされる感覚によって現実へと引き戻され、金城は目を覚ました。どれくらい眠ったのだろうか、覚醒した時には既に講義は終了していた。室内の照明は明るく灯されており、最前列に座る生徒たちは何やらヘルメットを被っていた。眼まで覆うその形状からしてヴァーチャルワールドへと潜脳するためのマシンだろう。


「実習もう始まってる?」

「これからだよ」


 ぱちりと瞬きをする金城に呆れた視線を寄越しながら隣に座る高田は説明してやった。


「10人ずつ潜るんだってよ。俺たちはとりあえず潜入してる奴らの視界をボードで観賞しながら順番が回って来るまで待機」

「へー……」


 電子ボードを見れば、恐らく現在進行中で潜脳してる生徒のうちの誰かが見ているであろう《世界》が映っている。金城も日頃から乗っているVR型のSNSだ。

 例の架空の犯人を演じているアバターを追っているようで、通信機を握る講師の指示に従いながら動いている。

 こうして、誰かの視界を実際に見るのは新鮮だ。初めての経験に金城は少しばかりの昂揚感を感じながらソワソワと自分の出番を待った。


「金槌くん、VRが待ち遠しいペン?」

「そりゃあ、訓練でもやっぱVRは娯楽のようなもんだから……って、ぅおっ!? 」


 突如、隣の席に出現したように思えた少年ペン太郎の存在に体が飛び上がった。


「おまっ、驚かすな!!」

「金槌くんが安眠の邪魔にならないように気配を消してたペン」

「いらねぇ! めっちゃいらねぇ気遣い!?」

「金城くん、しー」

「っ……」


 何時もの如くペン太郎に突っかかる己に、珍しくも伊那瀬に注意をされ、金城は思わず息詰まった。だが、誤解してはいけない。確かに周囲の迷惑にならないように声を抑えはしたが、実際に押し黙った理由は別にある。


(か、かわいい……)


 唇に人差し指を当てるその様は、金城にとっては至福の瞬間であり、ときめく胸を咄嗟に抑えたのだ。

 呻くように背中を丸める金城に高田は半目になる。金城の心情を大体察している辺り、奴のことを大分理解しているようだ。

 高揚する気分を必死で収めようと深呼吸をする金城が心配になったのか、吾妻が声をかける。


「あ、あの大丈夫ですか……?」

「……うん、ごめんダイジョブ」


 二席向こうから小さな声で問う彼女に、軽く手を上げながら頷く。だが、顔は相変わらず俯いたままだ。

 すると、前方の席が少し騒がしくなり、金城はふと顔を上げた。見ればボードには、例のアバターがこちらに背を向けて佇んていた。とは言っても距離は遠く、講師の指示からしてどうやらまだ相手のことを探っている状態のようだ。


(俺たちももう少ししたら、やるんだよな)


 少し踊りだしそうな胸の疼きを感じながら、ボードを見つめる。捜査は順調に進んでいるようで、ボードに映る視界は段々と犯人に近づいていた。このままいけばすぐにアバターを捕えられるだろう。そう、思った時だった。


(……え?)


 白いヤギの姿を模したアバターが振り向いたのだ。黒いニットのジャンパーに大きな眼鏡で飾られた金色の眼――。

 ぞくり、と悪寒が背中を走った。

 その瞬間、電子ボードに異常が起きる。

 画面にノイズが一瞬走り、プツリと切れたのだ。


「え、なんだ今の……?」「今の、分かった?」「故障?」


 消えた映像に皆、困惑の色を示した。

 ヴァーチャルワールドから強制的に追い出されたのか、何人かの生徒が呻き声を上げながら起き上った。だが、他の生徒が幾ら揺すっても未だに意識を取り戻さない者も何人か居り、明らかに可笑しな状況に、周囲がざわついた。

 講師は即座に他の教師陣と連絡を取り、続けて自身のデバイスをVRマシンへと直接ケーブルを使って接続し始める。


「おい、これやばいんじゃないか……?」


 ぽつりと言葉を零す高田の横で、金城は青い顔でただ、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 ――後にやってきた教師陣の適格な処置によって、何人かは意識を取り戻したが、未だに混濁していた者もおり、病院へ運ばれる事態となった。

 翌日、全員無事に回復したが、学校はしばらく騒然とすることとなる。



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私は犯罪者ですか? 苗字 名前 @Myouji_Namae

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